112 / 177
<< 外伝 水口麻耶への手紙 >>
7、歓迎会事件 (1)
しおりを挟む『歓迎会事件』……と私が呼んでいる出来事がある。
たぶん彼らの中では『大事な桜子が火傷をした』最悪な事件としてインプットされているんだろうけど、私にとってもアレは最低で屈辱的な出来事だった。
思い出したくもないけれど、もしもあの事件が無かったら、私は一生彼の苦悩に気付くことは無かっただろう。
気付けて良かった……と思う。
*
「水口さん、彬くんは元気? もう夜泣きはしてない?」
「ああ日野先生、最近は落ち着いてきたんですよ。やっぱり母親の私が精神的に落ち着いたのが分かるんでしょうね。やっぱり綺麗さっぱりクズ夫と別れて良かったです」
桜子さんが事務所に顔を出さなくなってから、私たちは遠慮なく家族の話題を口にするようになっていた。
桜子さんを巡っての変な空気も、会話の内容に気を遣う必要も無くなって、ある意味平和になった……とも言えた。
日野先生は自身も母子家庭で育って苦労をしたらしく、何かと彬のことを気にかけてくれていた。
先日の息子の誕生日には、わざわざ彬のために絵本を買って来てくれたりもして、私も彼にはかなり気を許していた。
そんなある日、八神先生が私の歓迎会を開こうと言い出した。
「忙しくて今更になってしまったんだけど、水口さんの歓迎会をさせてもらえないか? 良かったらうちで……」
「えっ、八神先生のお宅で……ですか?」
歓迎会を居酒屋や料亭じゃなくて自宅でというのはあまり聞いたことがないから驚いたけれど、参加者は桜子さんも含めて4人だけだし、お店よりも家の方が彬に何かあった時にサッと解散出来るから……と言われ、そこまで配慮してくれた事に感謝して、ありがたく参加させてもらうことにした。
当日は八神先生に頼まれて、日野先生と待ち合わせして駅前の店でケーキを買ってから行くことになっていた。
「どのケーキにします? 日野先生って甘いものはあまり食べないですよね?」
「食べられなくは無いけど、わざわざ自分で買ってきてまで食べようとは思わないな」
話をしながら、2人でケーキが並んだガラスケースを覗き込む。
「大志が、余った分は水口さんの息子さん用に持って帰ってもらうって言ってたよ。彬くんはどれがいいの?」
「うちの子はまだ2歳なんで少ししか食べないですよ。でも、あえて言えばチョコレートですかね」
「それじゃあチョコレートと……あっ、大志も桜子ちゃんもイチゴのショートケーキが好きだから、2個はイチゴショートで。俺はフルーツタルトにしようかな」
そう言ってニコニコしている横顔を私がジッと見ているのに気付いて、日野先生が不思議そうな顔をする。
「えっ、何? 」
「いや……日野先生って八神兄妹と本当に仲がいいな……って思いまして」
すると日野先生は三日月のように目を細めて深く頷く。
「ああ、祖母が亡くなって天涯孤独になった俺を救ってくれたのが大志だった。俺は八神家のみんなの優しさに甘えさせてもらって、家族団欒の幸せな時間を過ごさせてもらったんだ」
だから大志の横暴にも逆らえないんだ……なんて言いながらも、本当に嬉しそうな柔らかい微笑みを浮かべている。
「桜子さん……とも仲良しですよね。しょっちゅう会ってるんですか?」
あれ以来姿を見ていない彼女との仲を、さりげなく探ってみる。
「いや……彼女が事務所に来なくなってからは会ってなかったな……俺も大志も忙しくて、一緒にメシを食う機会も無かったし……」
「でしたら……今日は楽しみですね」
少しは表情の変化が見られるかな……なんて思って口にした言葉だったけれど、『少しは』なんてもんじゃ無かった。
「ああ、楽しみだ……本当に」
頬をほんのり赤く染めて、うっとり遠くを見るような瞳で……。
それはまるで、恋する少年のようで……。
ーーあらっ、これってもう……そういう事よね?
そうと分かれば話は早い。
今日の歓迎会の場で3人をじっくり観察して、改めて彼らの関係を見極めさせてもらいましょう……なんて、その時の私ははかなり興味津々で……。
絶対に楽しい食事会になるものだと疑いもせず、ケーキの入った箱を片手に、私は日野先生と肩を並べて八神兄妹の住むアパートへと向かったのだった。
0
お気に入りに追加
1,587
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。