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<< 外伝 水口麻耶への手紙 >>

6、奇妙な三角関係

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 事務所で働き始めて数日で、すぐに気付いたことがあった。
 男性2人の桜子さんへの過保護ぶりだ。

 彼らが自分自身で気付いていたかどうかは知らないけれど、桜子さんが事務所に来ると、2人とも途端に表情を緩めてソワソワと落ち着きが無くなる。

『桜子、大学はどうだった?』
『電車は大丈夫だったか?』
『冷蔵庫にお前用のケーキが残してあるから、まずはそれを食べて一息入れろ』

『桜子ちゃんお帰り、疲れただろ?』
『桜子ちゃん、コーヒーなら自分の分も淹れて休みなよ』
『勉強なら俺の机を使えばいいよ。今荷物を退けるからね』

 八神先生の向かい側にある机を私が使うことになって、今まで桜子さんが使っていた机が無くなった。
 2人は桜子さんが来るたびに、いそいそと机を明け渡す。又は自分の隣に彼女用の椅子を運んで来ては嬉々として座らせる。
 その様子を見ていると、まるで自分が彼女の居場所を奪った邪魔者のように感じて居心地が悪かった。


 仕事を始めて3日目で、彼らの行動には一定の法則があることに気が付いた。

ーー日野先生が積極的に桜子さんに構うのは、八神先生がいない時だけだ……。

 給湯室に追い掛けて行って一緒にお茶を煎れるのも、自分の隣に椅子を持ってきて座らせるのも、八神先生が不在中の時だけ。
 八神先生がいる時は、それらの役目が全て八神先生にすり替わり、日野先生は傍観者に変わる。

 対して八神先生は通常運転で常に桜子さんに構い続け、逆に日野先生がいる時にはその行為が大袈裟なくらいあからさまになる。


 更に気付いたことがある。
 桜子さんは日野先生に恋心を抱いてるんじゃないだろうか。

 それが兄以外に1番近い異性への親しみなのか、王子様に対する憧れのようなものなのかは分からない。
 だけど彼に頭をクシャッと撫でられる時、彼がスーツの襟を正して颯爽と立って行く姿を見送る時、桜子さんの目が恋する乙女のそれになっているのだ。

 そしてそんな時の八神先生は、パソコンの画面を見ているフリをしながら、そちらにチラリと視線をよこす。ひたすら桜子さんの表情に全神経を集中させて、少し怖い顔になる……ような気がする。

 第三者である私だけが見えている奇妙な三角関係。

ーーこれって桜子さんを挟んでいがみ合っているの?

 いや、2人はいがみ合ってなんかいない。
 彼らはこれ以上ない友情で結ばれた最高のパートナーだ。息もぴったりで信頼関係もある。

ーーだとしたら、八神先生が極度のシスコン……ということか。

 妹が可愛くて心配で堪らなくて、それを知っている日野先生が八神先生に遠慮している……という構図……なのだろうか。

 でも、いくら妹が可愛いからって、そこまで独占欲を丸出しにしなくていいだろうに……。
 彼女が歳の離れた義理の妹ということ、虐待を受けていて今もトラウマがあるということ、両親を事故で亡くして親代わりという責任感があること……その全てが彼にそうさせているのだろうけど……。

ーーまあ、そう考えたらこうなるのも仕方ないのかしらね。

 だとしたら、日野先生は桜子さんの相手にもってこいなんじゃないだろうか。
 家庭の事情を把握していて桜子さんも懐いている。高身長、高収入、高学歴の所謂3高で、見かけも性格も良しの最高の男。

 それこそ八神先生に匹敵するくらいの……いや、もしかしたらそれ以上の……。

 それじゃあ、日野先生は桜子さんをどう思っているんだろう。
 可愛がっているとは思うけれど、それが妹みたいな感情なのか、それ以上の気持ちがあるのか……。
 お互いに好意があるのならとっととくっついてしまえばいいし、シスコンの兄がいたってあそこまで遠慮する必要は無いだろう。

 お姫様を挟んだ男2人。どうにも全体像が読み取れない。


ーー面白いわね……。

 職場に来る楽しみが1つ増えたような気がした。
 彼らの間に流れる不思議な関係性を見極めたいという野次馬根性がムクムクと湧き上がってきたのだ。

 だけど私の楽しみも、彼らの関係性を見極める機会も早々に失われてしまった。
 桜子さんが事務所に来なくなったから。
 いや、追い出されてしまったから。
 

「おい桜子、水口さんがいるからもうここに来る必要はないんだ。そんな事より帰って勉強してろ」

 私が働き始めて1週間経った頃、八神先生が桜子さんにそんな事を言い出した。

「でも、勉強はここでも出来るし……」

「駄目だ。何のために水口さんに来てもらったと思っているんだ。……水口さんからも言ってやってくれないか?」

 卒業後にこの事務所で働かせるのなら、毎日じゃなくとも週に何日かはここに来させればいいのに……なんて思ったけれど、私には口出しする権利なんて無い。

「……あら桜子ちゃん、私がいるから大丈夫よ。大学の勉強、頑張ってね」

 その途端、長い睫毛を伏せてとても寂しそうな表情かおをする彼女を見て、酷く罪悪感を感じた。
 彼女にそんな顔をさせるのに自分も加担したのだと思うと、なんとなく後味が悪く、こんなことに私を巻き込んだ八神先生を恨めしく思った。

ーー彼女が来たらあんなに喜んでたくせに、猫可愛がりしてるくせに……彼女を側に置いておきたいんじゃなかったの?

 その時ふと、

ーーまさか、日野先生から桜子さんを引き離そうとしている……とか?

 そんな考えが浮かんだけれど……。
 八神先生の真意を知る前に、その機会は失われてしまった。

 私に仕事を奪われた桜子さんはお役御免となり、事務所に顔を出さなくなったから。
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