102 / 177
<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
77、親友との約束
しおりを挟むーーあっ……まただ……。
最近、起きて考え事をしているはずなのに、フッと意識が途絶えて何処かに行ってしまっている事が多くなって来た。
魂がス~ッと浮き上がって自分の身体を俯瞰して見ているような、フワッと上に引っ張り上げられて軽くなっていくような感覚。
そうだな……例えばジェットコースターでマイナスのGがかかった時みたいな……あるいは無重力状態になるみたいな……。
俺はハッとして、慌てて自分の手を見ながら、握ったり閉じたり、指を動かしたりしてみる。
ーー大丈夫だ、俺は生きている。
それを確認してから肩で大きく息をしてベッドにもたれると、白い天井をぼんやり見つめて考える。
ーーもうすぐなのかな……。
きっとこれは『幽体離脱』というのに近い状態に違いない。
こういうのを繰り返しながら、徐々に徐々に肉体から魂が抜けて行くんだ。
これで俺が『もういいや』って思ったら、その時点で魂を繋ぐ最後の糸がプチッと切れて、この世とオサラバなんだろう。
正直いうと、『もういいかな』と言う気持ちも無くはない。
桜子の帰国まで生き抜いて、病室で再会を果たして、一緒にここまで付いてきてもらった。
毎日一緒に暮らして、ささやかだけど思い出も重ねることができた。
俺の身体だって連日悲鳴を上げている。この繰り返し襲って来る痛みや地獄のような苦しみに耐えるのもいい加減疲れた。
ーーさすがに桜子だって限界だろう……。
まだ若くて未来ある桜子を、こんなところにずっと閉じ込めていていいわけが無い。
自由にしてやらなきゃ、解放してやらなきゃという気持ちがありながらも、ずっとここに引き留めているのは俺の我が儘だ。
ーー冬馬だって……。
クソみたいに忙しいはずなのに、ほんのちょっとの仕事の合間や貴重な休みを使ってはマメに顔を出し、事務所のことを報告して行ってくれる。
早く看板を変えろと言っているのに、今だに俺をまだ事務所の代表に据えて、こんな俺を待とうとしてくれているんだ。
「もうそろそろ、潮時かな……」
遺言書はしたためた。財産のことや書類一式もまとめて冬馬に預けた。葬儀やお寺の手配は済んでいるし、死んでから連絡すべき相手のリストも全部まとめてある。皆に送る葉書の文面も作っておいたから、あとは日にちを入れるのみだ。
「あっ、お兄ちゃん、起きてたの?」
桜子が風呂上がりの火照った顔で帰って来た。
ここには家族風呂があって、決まった時間内なら自由に入る事が出来る。
ーーああ、やっぱり離れたくないな……。
上気してピンク色に染まった肌を見ながらそう思う。
やっぱり俺は未練だらけで我が儘で、少しでもこの肌に触れていたいって思ってしまうんだ。
もう勃たせることも出来なくなったこの身体で、それでも心は桜子を求めて熱く滾っているんだ。
ーーそれでも……。
手遅れにならないうちに、ちゃんと自分の中でケジメだけはつけておこう。
心残りのないよう、2人への感謝の気持ちを伝えておこう。
そう決意した。
その日、冬馬はいつもみたいにリンゴジュースや便箋の入った紙袋を抱えて入って来ると、室内をキョロキョロと見回して、「あれっ、桜子ちゃんは?」と言いながら椅子に座った。
「桜子は今さっき洗濯に行ったとこだ」
「そうか……大志、今日はポカポカといい陽気だぞ。緑が綺麗だ」
窓の外を眺めながら柔らかく微笑みかけるコイツを見て、今なら言えるかな……と思った。
「なあ冬馬、俺が死んだら、桜子は泣くだろうな……」
俺の言葉を聞いた途端、冬馬が眉間に軽くシワを寄せて、苦しそうな表情をした。
だけど流石にもう、『そんなことを言うなよ』なんて陳腐なセリフは吐かなかった。
そんな段階じゃないのをコイツも分かっているから、俺の言葉から逃げたり誤魔化したりせず、ちゃんと正面から受け止めようとしてくれているんだ。
「そうだな……桜子ちゃんは号泣するだろうな」
「……だよな」
「ああ、だから大志、桜子ちゃんのために1日でも長く生きてくれよ……頼む」
目を伏せて喉の奥から絞り出すような声で言われて、嘘でもカッコつけでも同情でもなく、心からそう思ってくれる冬馬の友情に心が震えた。
今なら素直になれる……そう思った。
「そうしたいんだけどな……もうそろそろヤバい気がするんだよな……時々さ、魂がス~ッと身体から離れてくような感覚があるんだ。これが完全に抜けきったらあの世行きなんだろうな……」
「大志……」
奥歯を食いしばっているのか、口を真一文字にキュッと引き結んで黙り込むのを見て、コイツに全部の重荷を背負わせる残酷さを改めて思う。
ーーだけど、ごめんな。やっぱり俺が頼れるのはお前だけなんだ。申し訳ないけど、お前の優しさに頼って寄り掛かって、全部お前に丸投げさせてもらうよ。
俺の大切なもの、全部……だ。
「冬馬、前にも言ったけどさ……俺が死んだ後のこと、よろしく頼むよ」
「……ああ」
「特に……桜子の後見人と財産管理。俺がいなくなった後で桜子が何ひとつ困ることのないよう、くれぐれもよろしく頼む」
「ああ、大丈夫だ」
「あいつは苦しい時や悲しい時に1人で我慢してしまうから……素直に泣けるよう、胸を貸してやって欲しい。あいつを支えてやってくれ。桜子が幸せになれるよう……そばで見守ってやって欲しい」
「ああ。桜子ちゃんを全力で支えるよ。俺が彼女の幸せを見届ける」
ーー本当に頼んだぞ。
俺が夢見ていた未来も、桜子の笑顔も幸せも、全部、全部丸ごとお前のものだ。
俺の代わりになれるのは……俺が唯一、コイツなら仕方ないなと認められるのは……昔も今も、冬馬、お前だけなんだぜ。
俺が出来なかったこと全て、お前に託すよ。
桜子を……よろしく頼むよ。俺の分まで大事にして可愛がって……愛してやってくれ。
だけど悪いな。そこまで言ってやれるほど俺は人間が出来ていないから……。
「うん……それを聞いて安心した……眠いな……寝てもいいかな?」
潤んだ瞳を見せたくなくて、震える瞼をそっと閉じた。
「ああ……安心して寝るがいい。そして起きたら桜子ちゃんに笑顔を見せてやれ」
「うん、そうだな……桜子には俺の笑顔を覚えていて欲しい……な……」
あっ……まただ。魂がフワッとするような感覚。
だけどまだだ、まだ桜子に言いたい事がある。
俺が言ってやらなきゃ……。
「冬馬……ありがとうな」
最後にポツリと呟いた。
だけど俺はもうボンヤリした眠りの波に身を委ねていたから、その時冬馬がどんな顔をしていたのかを見ることは出来なかった。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
1,591
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。