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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
76、死にたくない
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Dear John,
How have you been? Thank you so much for helping me during my stay at Boston.
(ジョン、お元気ですか?ボストンに滞在中は本当にお世話になりました)
---------------------------
そこまで書いて、ペンを持つ手を止めた。桜子が買い物から帰って来たから。
俺は慌てて手紙をファイルに挟むと、パタンと閉じて、素知らぬ顔をした。
「ただいま。……お兄ちゃん、また事務所のファイルを見てたの? あんまり起きてると疲れちゃうよ」
桜子はそう言いながら、スーパーで買って来たものを冷蔵庫に片付けていく。
冬馬に便箋を買って来てもらってから、俺は親しい人たちに向けて手紙を書き始めた。そうは言っても本当に言葉を残したいと思えるほんの数人のみだ。
最初に書いたのは水口さん。事務所に来てくれた事と、入院中にお世話になったことの御礼、そして桜子の指導をよろしくと言う内容だ。
彼女に手紙を書き終わった頃から指先に力が入りにくくなって、字が上手に書けなくなった。
だけどみっともない手紙なんか残したくないから、筆圧が弱いのを誤魔化すように一文字一文字をゆっくり丁寧に書くようにしていたら、想像以上に時間がかかって仕方がない。
失敗したら書き直してを繰り返しているし、桜子がいない隙に書いているから尚更スローペースだ。
早く書き終わらなきゃという気持ちはあるけれど、桜子には気付かれたくないから仕方がない。
だって俺がみんなに遺書を書いてるなんて知ったら、『縁起でもない!』って怒り出して、その後で絶対に泣くだろうから。
今は呼吸が浅くなって酸素吸入もしているから、鼻に繋がった管が邪魔くさい。
色々思うようにいかなくてイラつく事が増えて来たけれど、焦ったって仕方がないよな。
『指よ動け!もう1文字、あと1文字……頑張れ、頑張れ……』
心の中でいつもの呪文を唱えながら、焦れったいくらいゆっくり、ゆっくりと言葉を重ねていく。
今はボストンでお世話になったジョン宛ての手紙を書いているのだけれど、その内容に桜子への気持ちを書くかどうかで悩み中だ。
単純に点滴や励ましの言葉への御礼だけでもいいような気がするけれど、彼には全部打ち明けたいような気もするんだ。
前の病院の主治医には転院の際に御礼の手紙を渡して来たから、二度は必要ないだろう。
ジョンのを書き終わったら、いよいよ桜子と冬馬だな……。
2人には書きたいことがあり過ぎて、逆に何を書けばいいのか分からない。
まあいい、きっと書き出したら言葉が溢れて来るはずだ。その時の気持ちを素直に綴ればいい……。
桜子は冷蔵庫の扉を閉じると、今度は乾燥機に入っている洗濯物を取りに洗濯室へ向かった。
本当に良く働いて、献身的に世話をしてくれるいい妹だ。
カゴいっぱいの洗濯物を抱えて戻って来ると、ベッドの上に広げて畳み始める。タオル類が多い。
それを終えるとベッドサイドの椅子に座っていつもの編み物を始めた。
バーガンディカラーと白色、2色の毛糸で、今度はセーターを編んでいるらしい。途中に雪の結晶みたいな模様を編み込んでいるから結構手間が掛かるみたいだ。
俺に付き添うようになってから、桜子は一体いくつの物を編んできただろう。
この分で行くと、俺は上から下までバーガンディカラー尽くしにされてしまいそうだ。
まあ、冬にそれを着ることは無いだろうから、棺に入れてもらう事になるのかな。
バーガンディカラーだらけの棺桶。
まあ、それも桜子の想いに包まれているみたいで楽しそうだ。
そんな風に物思いに耽っていたけれど、ふと視線に気付いて見ると、桜子が編み物の手を止めて俺の横顔をジッと見つめていた。
俺と目が合うと、潤んだ瞳を慌てて伏せて、手を動かし始める。
「……お兄ちゃん、今日は結構起きてるね。疲れてない?」
誤魔化すように早口で言うけれど、その声は少し震えていた。
「ん?……ああ、そうだな。ちょっと休もうかな。お前もちょっとは休んでくれよ」
「うん、私は大丈夫。もう少しだけこれを編んだら、私も横になろうかな」
「桜子……手を握ってくれるか?」
「うん、もちろん」
いつものように両手でそっと包まれると、俺は安心して目を瞑る。こうされると、身体から抜けそうになる魂が、桜子の元にちゃんと留まっていられるような気がするんだ。
暫く眠っていたらしい。
目が覚めて身体を動かそうとしたら、右手が引っ張られる感じがした。
パッと見たら、桜子が俺の手を握ったまま、顔を伏せて眠っている。
そうか、あのままここで寝ちゃったのか。きっと疲れてるんだよな。付き添いは肉体的にも精神的にも大きなストレスだろうから。
ーーこんなことさせちゃってごめんな。本当なら今頃は俺と一緒に働いてるはずだったのにな……。
今すぐ事務所に行って冬馬と働いて来いと言ってやれたらいいんだろうけど……我が儘だけど、オレは桜子、お前にそばにいて欲しいんだ。
1日でも長く、少しでも一緒に……。
桜子の髪をサラリと撫でる。艶のある滑らかなそれを、何度も何度も撫で続ける。
「くっそ…… 死にたくねぇな…… 」
思わず口から溢したら、桜子の肩が小さく震え出した。
ーーそっか……ははっ……聞かれちゃったか。
俺は一旦止めた手をまた動かして、髪を撫で続ける。何度も、何度でも……。
「うっ……ふ……ううっ……」
大きくなった肩の震えにも、桜子が漏らす嗚咽にも気付かないフリで、俺は骸骨みたいな手をずっと動かし続けていた。
Dear John,
How have you been? Thank you so much for helping me during my stay at Boston.
(ジョン、お元気ですか?ボストンに滞在中は本当にお世話になりました)
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そこまで書いて、ペンを持つ手を止めた。桜子が買い物から帰って来たから。
俺は慌てて手紙をファイルに挟むと、パタンと閉じて、素知らぬ顔をした。
「ただいま。……お兄ちゃん、また事務所のファイルを見てたの? あんまり起きてると疲れちゃうよ」
桜子はそう言いながら、スーパーで買って来たものを冷蔵庫に片付けていく。
冬馬に便箋を買って来てもらってから、俺は親しい人たちに向けて手紙を書き始めた。そうは言っても本当に言葉を残したいと思えるほんの数人のみだ。
最初に書いたのは水口さん。事務所に来てくれた事と、入院中にお世話になったことの御礼、そして桜子の指導をよろしくと言う内容だ。
彼女に手紙を書き終わった頃から指先に力が入りにくくなって、字が上手に書けなくなった。
だけどみっともない手紙なんか残したくないから、筆圧が弱いのを誤魔化すように一文字一文字をゆっくり丁寧に書くようにしていたら、想像以上に時間がかかって仕方がない。
失敗したら書き直してを繰り返しているし、桜子がいない隙に書いているから尚更スローペースだ。
早く書き終わらなきゃという気持ちはあるけれど、桜子には気付かれたくないから仕方がない。
だって俺がみんなに遺書を書いてるなんて知ったら、『縁起でもない!』って怒り出して、その後で絶対に泣くだろうから。
今は呼吸が浅くなって酸素吸入もしているから、鼻に繋がった管が邪魔くさい。
色々思うようにいかなくてイラつく事が増えて来たけれど、焦ったって仕方がないよな。
『指よ動け!もう1文字、あと1文字……頑張れ、頑張れ……』
心の中でいつもの呪文を唱えながら、焦れったいくらいゆっくり、ゆっくりと言葉を重ねていく。
今はボストンでお世話になったジョン宛ての手紙を書いているのだけれど、その内容に桜子への気持ちを書くかどうかで悩み中だ。
単純に点滴や励ましの言葉への御礼だけでもいいような気がするけれど、彼には全部打ち明けたいような気もするんだ。
前の病院の主治医には転院の際に御礼の手紙を渡して来たから、二度は必要ないだろう。
ジョンのを書き終わったら、いよいよ桜子と冬馬だな……。
2人には書きたいことがあり過ぎて、逆に何を書けばいいのか分からない。
まあいい、きっと書き出したら言葉が溢れて来るはずだ。その時の気持ちを素直に綴ればいい……。
桜子は冷蔵庫の扉を閉じると、今度は乾燥機に入っている洗濯物を取りに洗濯室へ向かった。
本当に良く働いて、献身的に世話をしてくれるいい妹だ。
カゴいっぱいの洗濯物を抱えて戻って来ると、ベッドの上に広げて畳み始める。タオル類が多い。
それを終えるとベッドサイドの椅子に座っていつもの編み物を始めた。
バーガンディカラーと白色、2色の毛糸で、今度はセーターを編んでいるらしい。途中に雪の結晶みたいな模様を編み込んでいるから結構手間が掛かるみたいだ。
俺に付き添うようになってから、桜子は一体いくつの物を編んできただろう。
この分で行くと、俺は上から下までバーガンディカラー尽くしにされてしまいそうだ。
まあ、冬にそれを着ることは無いだろうから、棺に入れてもらう事になるのかな。
バーガンディカラーだらけの棺桶。
まあ、それも桜子の想いに包まれているみたいで楽しそうだ。
そんな風に物思いに耽っていたけれど、ふと視線に気付いて見ると、桜子が編み物の手を止めて俺の横顔をジッと見つめていた。
俺と目が合うと、潤んだ瞳を慌てて伏せて、手を動かし始める。
「……お兄ちゃん、今日は結構起きてるね。疲れてない?」
誤魔化すように早口で言うけれど、その声は少し震えていた。
「ん?……ああ、そうだな。ちょっと休もうかな。お前もちょっとは休んでくれよ」
「うん、私は大丈夫。もう少しだけこれを編んだら、私も横になろうかな」
「桜子……手を握ってくれるか?」
「うん、もちろん」
いつものように両手でそっと包まれると、俺は安心して目を瞑る。こうされると、身体から抜けそうになる魂が、桜子の元にちゃんと留まっていられるような気がするんだ。
暫く眠っていたらしい。
目が覚めて身体を動かそうとしたら、右手が引っ張られる感じがした。
パッと見たら、桜子が俺の手を握ったまま、顔を伏せて眠っている。
そうか、あのままここで寝ちゃったのか。きっと疲れてるんだよな。付き添いは肉体的にも精神的にも大きなストレスだろうから。
ーーこんなことさせちゃってごめんな。本当なら今頃は俺と一緒に働いてるはずだったのにな……。
今すぐ事務所に行って冬馬と働いて来いと言ってやれたらいいんだろうけど……我が儘だけど、オレは桜子、お前にそばにいて欲しいんだ。
1日でも長く、少しでも一緒に……。
桜子の髪をサラリと撫でる。艶のある滑らかなそれを、何度も何度も撫で続ける。
「くっそ…… 死にたくねぇな…… 」
思わず口から溢したら、桜子の肩が小さく震え出した。
ーーそっか……ははっ……聞かれちゃったか。
俺は一旦止めた手をまた動かして、髪を撫で続ける。何度も、何度でも……。
「うっ……ふ……ううっ……」
大きくなった肩の震えにも、桜子が漏らす嗚咽にも気付かないフリで、俺は骸骨みたいな手をずっと動かし続けていた。
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