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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
74、2人で出掛けて来いよ
しおりを挟む病気の進行に伴って、痛みもどんどん酷くなってきた。一応痛み止めの持続注入がされてはいるけれど、効果は微々たるものだ。
癌細胞は俺の神経や骨を蝕みながら、今もどんどん分裂増殖を続けているんだろう。
主治医には鎮静剤の量を増やせばもっと楽になると言われたけれど、それだけは断固として拒否させてもらった。
だって、そんな事をしたら桜子と話せる時間が減ってしまうじゃないか。
残り少ない時間を寝て過ごすくらいなら、痛みに耐えながらでも桜子との思い出を増やしておきたいんだ。
「こっちのファイルが個人契約で、そっちのが企業のもの。パソコンに年賀状用の名簿一覧があって、そっちも個人と企業で分けてあるから、企業用の年賀状は会社名で出しておけよ」
「うん、分かった。名簿通りに区別すればいいのね」
「そうだ。ただ、ワンマン企業の場合は会長名とか社長名でそれぞれ出すから、今から俺が読み上げる名前にチェックしていけ」
「うん、分かった。挨拶状一つにも注意が必要なんだね」
ホスピスに移って1週間程経った頃、俺は桜子に事務所での業務内容や手順などを説明するようになっていた。
桜子に洗濯や編み物ばかりさせているのは不憫で、かと言って俺が出掛けてこいと言ってもベッドの横に張り付いて動かないしで、どうにかしてやれないかな……と考えた末の選択だ。
ベッドの上で俺が桜子に出来ることなんて限られていて、今の俺がこいつに恩返しできるのは、これくらいしか浮かばなかった。
薬のせいでボンヤリしている事が多かったけれど、 意識のハッキリしている時に少しずつ教え込んでいく知識は、桜子の将来にきっと役立つだろう。
そしてそれは、俺がこの世の中から消え失せてしまった後も、桜子の中にしっかり根付き、活かされ続けるんだ。
「お兄ちゃん、疲れた? もう横になろうか」
また途中でうつらうつらしていたらしい。桜子が手元のファイルを閉じて、ベッドのリモコンを手に取った。
「そうだな……悪いな、中途半端で」
「何言ってるのよ。細かく説明してもらって、とても助かってるよ」
俺のベッドを斜めに倒し、胸まで掛け布団を引き上げると、ポンポンと布団を叩いて資料を片付け始める。
荒れた手と細い指を見ると胸が締め付けられた。
コイツも痩せたよな。基本的に付き添い食だけで間食もしてないもんな。俺の目の前でチップスとか食べちゃ申し訳ないとか思ってるんだろうな。そんなの全然構わないのに。
たまには街に出掛けて美味しいスイーツでも食べて息抜きすればいいんだ。
ーーああ、そうだった。俺が桜子に出来ることは他にもあったんだった。
「桜子、今日は冬馬が来るからさ」
「ん? そうなんだ」
「今日は冬馬と一緒に買い物に行って来いよ」
「えっ、買い物なら近所のスーパーで済ませたばかりだし、私はここにいるよ」
頑固だなぁ。人がせっかく気を遣ってやってるんだから、そこは素直に頷いておけばいいのに。
「ゼリーが食べたい気分なんだ。ついでにティッシュとか大きいものをまとめ買いして、アイツに運ばせてやれ」
「ゼリー?! 食べたいの? 今すぐ買ってくるよ!」
今にもドアに向かおうとする桜子を制して椅子に座らせていると、ちょうどいいタイミングでドアがノックされた。
日曜日の午後2時過ぎ。きっとアイツに違いない。
「大志、具合はどうだ? 追加のティッシュとトイレットペーパーを買って来たぞ。奮発して高級品にしてやったから、柔らかくて肌に優しいんだぞ」
アホ冬馬! それは今からお前が桜子と買いに行く予定だったんだよ!
「あっ……じゃあ私、冬馬さんが残ってくれてる間にゼリーを買ってくるよ」
ほら見ろ!お前のせいで俺の気遣いが無駄になるだろっ!
「桜子、待てっ!」
財布を手にした桜子を呼び止めて、半分イカれた脳味噌をフル回転させる。
「パズルを……」
「えっ?」
「時間潰しと指の運動に……ジグソーパズルを買って来て欲しいんだ。お前が好きなデザインのでいいから……冬馬と一緒に出掛けて買って来てくれ。ついでに夕飯も済ませてこい」
「……分かった。パズルは買って来るけど、夕食はここで食べるよ」
「そうだな。……大志、俺もここで一緒に食べていいか?」
おいおい冬馬、お前まで何言ってんだよ!
俺がいろいろ耐えてお前にチャンスを与えてやってるんだ。好意をありがたく受け取ってとっとと出掛けてくれ!
早く! 俺の気が変わらないうちに!
「バカヤロー、お前ら2人とも自分たちが出掛けてるうちに俺がくたばるとでも思ってるのか? 全くもって失礼だな。俺は1人でぐっすり寝たいだけだ。とっとと行って来い! おやすみ!」
そう言って布団を引き上げながら手を振ってやったら、2人は顔を見合わせてクスッと笑いながら、「それじゃあ行きますか?」と出掛けて行った。
肩を並べて出て行く2人を見ていたら、胸がギュッとなって苦しくて、切なくなった。
だけど同時に、桜子と冬馬のために何かが出来た自分が誇らしくて嬉しくて、ホッとしてもいた。
「……くっ…痛って~!……うぁっ!」
俺は震えながらナースコールのボタンを押して、痛み止めの筋肉注射をしてもらった。
身体を丸めて痛みが引くのを待つ。
これで数時間は痛みを忘れて休むことが出来るだろう。
あいつらに言ったとおり、1人でぐっすり眠るとするか。
ーーちゃんと目を覚ますことが出来るのかな。
このまま逝ってしまえばこの痛みや苦しみから解放されるんだろうけど……それだと桜子と天馬が出掛けたことを後悔するだろうな。
ちゃんと目が覚めますように。また桜子に会えますように……。
そう願いながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
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