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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
69、お帰り、桜子
しおりを挟む「えっ……お兄ちゃん?……」
あまりの変わりように目を疑ったんだろう。
俺と目が合ったその瞬間、桜子の綺麗な瞳が大きく見開かれた。
それが驚愕の色に変わったと思ったら、みるみるうちに水の膜に覆われて、震える睫毛の下でフルフルと揺れた。
「え……嘘っ……」
俺の顔から頭の帽子に視線が移って、また顔に戻って……両手で口元を覆い、瞬きも忘れて絶句した。
「よっ、桜子、久しぶりだな」
右手をヒョイと上げて、俺の中でMAX最大限の笑顔を作ってみせたけど、練習の甲斐なく桜子は笑顔を見せてはくれなかった。当然か。
「お兄ちゃん……ど…して……」
「桜子ちゃん、危ない!」
ショックのあまり頭を後方にカクンと傾けてフラついた桜子を、後ろから冬馬が肩を抱いて受け止めた。
その手を勢い良く振り払うと、桜子は顔をくしゃくしゃに歪めて、涙をポロポロ溢しながら睨みつける。
「どうしてっ!」
「……っ」
「どうして黙ってたの?!冬馬さんはずっと前から知ってたの?」
「桜子ちゃん……」
「酷いっ!」
今度はバッと俺に向き直り、涙を拭おうともせずに頬を震わせる。
「お兄ちゃん……どうして…どうして教えてくれなかったの? 他人の冬馬さんが知ってて私が知らないなんて……そんなのあんまりだよっ!酷い!」
「桜子……冬馬は他人じゃない」
俺が笑顔を引っ込めて静かに言うと、桜子も自分の失言に気付いたようだ。ハッとして冬馬を振り返る。
「ごめんなさい……私……」
「……いいんだ、いいんだよ」
冬馬は「分かっている」とでも言うように穏やかな笑顔を浮かべると、
「俺は外に出てるから」
俺に向かって一声掛けると、桜子だけをその場に置いてドアを閉めた。
白い病室には俺と桜子だけが取り残されて、気まずい沈黙が支配する。
「桜子……」
俺の声で、俯いていた桜子が顔を上げた。
「桜子……お帰り」
「……お兄ちゃん」
桜子の顔が再びグニャリと歪む。
ぜんまいの切れかけた人形みたいにぎこちなく足を進めると、ゆっくりと俺のベッドに近付いてきた。
「お兄ちゃん……ごめんなさい。私……何も知らなくて……」
俺の斜め前で立ち止まると、身体の横で握り拳を作って幼い子供みたいにしゃくり上げる。
ーーハハッ、俺の桜子だ。
「桜子……お帰り。1年間頑張ったな」
俺が両手を広げたら、弾かれたように胸に飛び込んできた。
「お兄ちゃん!」
髪を撫で、背中をさすってやると、俺の棒切れみたいな身体に必死でしがみついて、大声を上げて泣き出した。
その身体の重みと懐かしい香りが、これが夢ではないのだと教えてくれる。
触れたところから生暖かい涙がじんわりと染み込んできて、胸いっぱいに喜びと感動が広がった。
ーーやっと会えた……間に合った……。
その瞬間だけは痛みも苦しみも全部消え失せた。
俺は鼻をスンと啜ると、生きている幸福を噛みしめながら、愛しいその子の髪をひたすら撫で続けていた。
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