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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
68、桜子の帰国
しおりを挟む3月中旬。
いよいよ桜子の帰国の日になった。
待ちに待った再会の日だ。昨日はいろいろ考えていたら全然眠れなかった。
桜子の顔を見て、目の前で直接声を聞いて、その手に、髪に触れる事が出来る。
嬉しい反面、とても怖い。本当に怖い。
ワクワク、ウキウキ、ドキドキ、ズキズキ。
いろんな感情が入り混じっている。
再入院してからというもの、桜子にどう説明しようかとずっと考えていた。
どんな言い方をしたってショックを受けるのには変わりないだろうし、絶対に泣かせてしまうだろう。
それでも少しでも、ほんの少しでいいから、桜子の衝撃を和らげ、自分を責めたりしないように話してやりたいんだ。
午後4時半過ぎに、桜子から電話がかかって来た。
『お兄ちゃん? 空港に着いたよ。今スーツケースを待ってるところ』
「そうか、お疲れ様。無事に着いて何よりだ。出てすぐの所で冬馬が待ってるはずだから、合流して一緒に来いよ」
『分かった、ありがとう。それじゃ、また後でね』
同じ電話でも会話に時差が無いのは嬉しいものだ。桜子が近くに来ているという実感が湧いて来る。
桜子には前もって冬馬が迎えに行くと伝えておいた。俺がバリバリ仕事をしていると思っているだろうから、病院のベッドで寝てると知ったら驚くだろうな……。
『嫌な役目をさせて悪いな』
昨日冬馬にそう言ったら、
『今更なに言ってるんだよ。お前と俺は運命共同体なんだろ? 一緒に桜子ちゃんに叱られてやるよ』
俺の肩をポンと叩いて口の端をニッと上げてみせた。
きっと車の中で適当な嘘をついて気まずい思いをしているに違いない。
ーーいや、桜子と会えて喜んでるのかもな。
アイツが桜子に会うのは空港での見送り以来。話すのだって俺の手術のことを伝える簡単な会話ぐらいしか無かったから、ちゃんと話したのなんて、それこそ1年ぶりなんだ。
ーー恋心が再燃するのかな……嫌だな……。
この期に及んで2人の接近を拒んでいる自分が情けなくて恥ずかしくて苦笑する。
だけどやっぱり、2人にはくっついて欲しくないな……なんて思ってしまうんだ。
桜子のためにもくっついてもらわないと困るんだけどな。
さあ、もうすぐ桜子が来る。せめてとびきりの笑顔で迎えられるように、鏡を見て練習しておくか。
あっ、帽子も忘れずに被っておかないと。
いきなりツルツルの頭を見せたら余計にショックを受けちゃうからな。
スマホが鳴った。
『大志か? 今病院の駐車場に着いた』
「そうか、ありがとう」
『今からそっちに向かう』
「……うん、分かった」
冬馬の声は低く沈んでいた。きっと病院に着いた時点で、どういう事かと責められたんだろう。
本当に嫌な役目をさせてしまった。
俺はリモコンでベッドを真っ直ぐに戻すと、病衣の襟元を整え、背筋を伸ばしてドアを見つめた。
ーーさあ来い、桜子。兄ちゃんの極上の笑顔を見せてやる。だから……願わくば……お前が流す涙は、少ない方がいい……。
ドアがゆっくりと開いた。
不安そうな表情の桜子が一歩部屋に入って、俺と目が合って……。
その瞬間に綺麗な瞳が大きく見開かれ、驚愕の色に変わった。
そして次には綺麗な顔がグニャッと歪んで……。
ああ、やっぱり泣かせちゃったな。
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