仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

田沢みん

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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

66、桜子との電話

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「俺、桜子ちゃんに電話したよ」

 俺のバイパス手術から3日後。お腹のドレーンも尿の管も抜けて、傷を痛がりながらも病室内のトイレまではゆっくり歩けるようになった頃、お見舞いに来た冬馬からとんでもない告白を受けた。

「お前っ、ざけんなよ!」

 頭の方を起こして少し角度をつけたベッドで休んでいた俺は、傷が痛むのも忘れて身を乗り出すと、冬馬に噛み付かんばかりの勢いで怒鳴りつけた。

「手術が成功してんのになんで桜子に電話するんだよ!約束が違うだろっ!勝手なことすんじゃねえよ!」

「約束は破ってない。『手術後に俺が報告すべきだと判断した時には桜子ちゃんに報告させてもらう』俺はそう言ったはずだ」

「だから、なんで……」

 天馬はベッドサイドにパイプ椅子を広げて座ると、改めて俺の顔を見据え、口を開いた。

「桜子ちゃんのためだ」
「桜子……?」

 冬馬がゆっくり頷く。

「お前がICUに入っている間に、医師から手術についての説明を受けた」
「……なんて?」

「手術は無事に終わりました。明日には一般病棟に戻れるでしょう。今は麻酔で眠っていますが、今夜には目が覚めるはずです。その時に朦朧として暴れるかも知れません。その場合は鎮静剤の注射を使ったり手足を縛って拘束する場合もありますが、許可をいただけますか?」

「……で?」

「『許可する』って答えた。でも、身内でもない俺がそんな事を決めていいのかな?とも思った。だから、緊急の場合は許可はするけど、もしもそうなったら一応俺にも知らせてもらうようお願いしておいた。もしもの場合は桜子ちゃんに許可を貰った方がいいんじゃないかって考えたから」

「『もしも』は起こらなかったじゃないか」
「お前、本当に覚えてないんだな」
「……え?」

「お前、暴れたんだよ。夜中に」

ーー……え?


『せん妄状態』
 それは一時的な意識障害が起こり、幻覚を見たり錯覚を起こした状態になっている事を指す。
 認知症などの脳の病気とは違い一時的なもので、大抵数時間から数日でおさまる。

 病院や施設などに入院して突然生活環境が変わった時や、極度のストレス、不眠、そして手術時の麻酔の影響など原因は様々だけど、中でも手術後に起こるものは『術後せん妄』と呼ばれ、毎日のようにどこかの病院で起こっている、珍しくもない症状だ。


 それは手術を受ける前の説明で聞かされてはいたけれど、まさかそれに俺がなっていたって? 

「ウソだろ、俺はそんなものに……」
「なったんだよ。それでICUのナースから電話がかかって来た。夜中の1時頃だ」

「何って……」
「せん妄状態になって点滴を抜いてしまった。ベッドから起き上がろうとして危険なので、手足を拘束させていただいてよろしいでしょうか?」

「ウソだろ……」

「本当なんだよ。だから俺は『お願いします』って答えて電話を切った。そしてその後で考えた。この後も大事な局面で俺の判断を求められることがあるだろう。その時に俺が決めてしまって本当にいいのか? その権利があるのは桜子ちゃんだけなんじゃないか?……って。それで……」

ーーえっ……。

 俺が手術したって……手術して頭がおかしくなって暴れたって……まさかそれを桜子に言ったのか?!

「お前っ!」

「……言ってない。胃の手術をしたとは伝えたけれど、せん妄状態のことは言えなかった。点滴を抜いて暴れてるなんて知ったら、それこそ彼女が心配して飛んで帰ってくるだろうと思ったから……」

「彼女の声を聞いたら、やっぱりそんなの言えないよ……」と、冬馬は申し訳なさそうに視線を下げた。

『もう手術は無事に終わったし、 大志も桜子ちゃんには知らせるつもりが無かったのを、 俺が手術の報告だけはさせてくれってお願いしたんだ。 また改めて大志から連絡させるから、 お願いだから勉強は続けて』

 そう言って桜子との電話を切ったのだと言う。

「勝手な事をして悪かったとは思っている。だけど俺はやっぱり桜子ちゃんにだって知る権利があると思うし、帰国していきなり全部を知らされるのはショックが大き過ぎると思うんだ。だから手術のことだけでも前もって伝えられて良かったって思うし、その事については後悔してないよ」

 それを聞いて、俺はもうそれ以上文句を言うことが出来なかった。

 考えてみれば、俺はコイツにいろんなものを押し付けて過ぎているよな。
 病気のこと、事務所のこと、俺が死んでからのこと、それから……桜子のことも。

 本当ならバリバリ仕事して、恋をして今を謳歌して、自分の輝かしい未来だけを思い描いていればいいような極上の男が、俺のために下着を買って病院に通って、手術室の前で1人ポツンと座ってたんだよな。

 俺はコイツに甘えていろんなものを抱え込ませて……その上どんな権利があって文句を言ってんだ……。

「分かった……迷惑をかけたな、ありがとう。桜子には俺からも電話しておくよ」




「ああ、桜子、元気か? 」
「元気か? じゃないでしょ! 手術するって、どうして知らせてくれなかったの? 事後報告なんて酷いよ!それで胃の調子はどうなの?」

 桜子は案の定、電話の向こうでギャンギャン怒っていた。そしてとても心配していた。

「ああ……でも心配するなよ。 ちょっと胃が荒れて手術したけど、 もう大丈夫だからさ。 冬馬にも知らせなくていいって言っておいたのに、 アイツが心配性で……」

「私、帰ろうか?」

「駄目だ。桜子はあと2ヶ月の留学期間を全うしろ。 帰ってきたらバリバリ働いてもらうから覚悟しとけよ! 」

「……分かった。 秘書としてお兄ちゃんをバリバリ動かすから覚悟しておいてよね! 」

 そう言って電話越しで笑い合った。

 俺自身も実は手術前から緊張状態が続いていたんだろう。久し振りに聞いた桜子の声は甘くて柔らかくて、とても耳に心地良かった。
 疲れた心と身体に染み込んで優しく癒してくれるようで、そこらの痛み止めよりもよっぽど効果があるように思えた。

ーーああ、早く桜子に会いたいな……。

 だけどその時には桜子を泣かせなきゃいけないんだな……。

 会いたい……言いたくない……悲しませたくない……会いたい……。

 いろんな想いをぐるぐる巡らせながら、俺はまたベッドの上でゆっくりと目を閉じた。
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