仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

65、覚醒

　
　目が醒めた瞬間に思ったのは、「うわっ、眩しい！」。
　続いて喉の違和感とか手足が自由に動かせないことが気になって目だけをキョロキョロさせていたら、ナースが気付いて顔を覗き込んできた。

　見慣れない顔だったから、「アレッ？ここって病院だよな？」なんて思っていたら、
「先生、八神さんが覚醒かくせいされました！」
　大声で医師を呼んでるのを聞いて、ああ、俺は手術したんだな。術中に死ななくて良かったな……と思った。

　真っ白な天井に煌々こうこうと明かりが付いていて、明らかにいつもの病室とは違う。
　そうか、これがテレビなんかでよく見るICU(集中治療室)という場所か。

　しばらくすると見慣れた顔が現れた。マスクをつけてるけど俺の主治医だ。

「八神さん、目が醒めましたか？」
　
　声を出そうとしたら何かに邪魔されて喋れない。ああそうか、これも見たことあるぞ。喉に管が入ってるアレだな。本当にテレビのドラマで見たそのまんまだ。

「私のことが分かりますか？ 手を握ってみて下さい」

　うんうんと頷き手を握る。

「手術は無事に終わりました。今から気管に入っている管を抜きます。その後は自分で息をするんですよ、いいですか？」

　うんうん。


「よし、抜管しよう。エアー抜くからグローブと注射器ちょうだい」
「はい」

　ナースとの会話が聞こえて、そのあと管が引き抜かれた。
　喉から長いものがズルリと出て行く感覚。オエッ、気持ち悪っ。

「はい、管が抜けましたからね。しっかり呼吸して下さい」

「はい」……と言おうと思ったら何故か上手く声が出てこない。

「しばらくは喉に痛みがあるかも知れません。声も嗄かれていると思いますが、徐々に元に戻りますよ。お疲れ様でした」

　声が出ないから「(ありがとうございました)」と口だけ動かして御礼を伝えた。

「SpO2に注意しておいてね」
「はい、分かりました」

　枕元でナースとの会話が聞こえた後、足音が遠ざかる。

ーー手術は無事に終わったって言ってたな。これでちょっとは食欲が戻るのかな。チャレンジして良かったな。

　だけどまだ……頭が重いな……うん、もう少し……寝ていよう……。



　随分長く寝ていたように思えたけれど、俺が最初に目覚めた時は手術当日の夜だったみたいで、翌日の午前中には元いた一般病棟に戻された。

　俺が一般病棟に戻ったら連絡するようナースに頼んでいたのか、それから3時間程で冬馬が病室にやって来た。

「遅くなって悪かったな。クライアントが来てたもんだから……」

　俺の分まで働いてるんだから忙しくて当然だ。事務所の方を優先させてくれていいのに、わざわざ来る必要なんてないのに……コイツは当たり前みたいに駆け付けてくれるんだな。

　まだお腹にも尿道にも腕にも管が入っていて、ベッドサイドではモニターがピコピコと心電図の波形を映し出しているのを見て、

「痛々しいな。これが俗に言うスパゲッティ症候群ってやつか」

　なんて笑っていたけれど、俺の肩に手を置くと急に真面目な顔になって、

「お疲れさん、よく頑張ったな。無事に終わって本当に良かった」

　そう瞳を潤ませるものだから、俺まで釣られてウルッときてしまった。

　後で聞いたところによると、冬馬は俺が手術室に入るのを見届けた後も、そのまま手術終了まで長椅子に腰掛けて待っていてくれたそうだ。
　
　手術後ICUまでついて来るのはさすがに許されず、何かあったら連絡をくれるよう頼んで事務所に戻って仕事をし、今日も朝から仕事をこなしてからその合間に来てくれている。

「お前って……俺のことが大好きだろ」
　嗄しゃがれた声でニカッとしながらそう言ってやったら、

「そうだな……ホモ疑惑を本当にしちまうか」
　冬馬もニカッと歯を見せた。

　なのにその後で、
「大好きだからさ……早く元気になって退院しようぜ」

　なんて言うから……もう笑い飛ばすこともできず、俺は鼻水を啜った。

ーーバカヤロー、ここはその前のギャグで終わらせとけよ。

　最近泣いてばかりで恥ずかしいな……と思ったけど、気付いたら冬馬も鼻水を啜ってるから、まあおあいこか。
　そうか、だったらまあいいか……。