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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
64、バイパス術
しおりを挟む胃癌が進行して末期の状態になると、食べ物が胃を通りにくくなることで吐き気を催したり食欲不振に陥ることが珍しくない。
又、胃そのものの働きも悪くなるから、食べ物の消化吸収が出来ずに栄養状態が著しく悪化していく。
それらの症状を改善するために行われるのが、胃と小腸をつなぐバイパスを形成する手術、所謂『バイパス術』だ。
「これは『緩和手術』と呼ばれるもので症状改善のための手術ですから、癌そのものを治す訳ではありません。しかし手術によって全身状態が改善すれば、その後に化学療法をうけていただくことも可能になります」
栄養は点滴でも取れるが、ちゃんと口から食べ、生きるためのエネルギーを身体に取り入れる事が大事なのだ……と医師は続けた。
しっかり食べ、しっかり寝る。その人として当たり前の行為を続けることで、癌と戦うための気力を養うのだ。
「ちゃんと食べるために手術をし、よく寝るために痛みを和らげる。そうやってあなたが人として当たり前の行為を続けられるよう手助けするのも私たちの仕事なんです。如何ですか?手術を受けてみませんか?」
もちろん手術には危険性も合併症も伴いますが……と説明が続いたけれど、正直その後半部分はあまり聞いちゃいなかった。
何もしないでジワジワと癌に負けるのを待つくらいなら、玉砕覚悟でも何でも一矢報いる方を選ぶ。男の子だからな、目の前の勝負に背を向けて逃げるわけにはいかないんだよ。
病院に盆正月は関係ないというけれど、スタッフも休みが欲しいから年末年始はあまり手術を入れないらしい。
手術は年明けの1月4日に決まった。
「馬鹿なことを言うな! こんな大事なことを黙ってていいわけないだろう!」
桜子には内緒で手術をすると言ったら、案の定冬馬に激怒された。
「だから何度も言ってるだろ。桜子には留学を全うさせる」
「そんな事を言ってる場合じゃないだろう! もしもお前に何かあったら……っ」
そこまで言って自分でも失言だと思ったのか、冬馬が「ごめん」と言ったきり黙り込んだ。
「いいんだよ。手術に危険はつきものだし、途中で死ぬことだってあり得るだろう。だけど俺は成功する方に賭けたいんだ」
「大志……」
「一時的であれ普通に食べられるようになれば、桜子と再会した時にちょっとは体重が戻って見栄えが良くなってるかも知れないだろ? 男の見栄だよ、分かれよ」
そう言って俺がハハッと笑ったら、冬馬も無理やり口角を上げて笑顔を作ってみせた。
「頼むよ冬馬……ここまで来たら運命共同体だろ? 俺の嘘にとことん付き合えよ」
肩に手を置いて頼むと、グニャッと泣き笑いの顔をして頷いた。
「……分かったよ……だけど、手術後に俺が報告すべきだと判断した時には、お前が何と言おうと桜子ちゃんに電話させてもらうぞ」
「……そうならないよう祈ってるよ」
3時間近くかかった手術は幸い成功したけれど、俺が集中治療室に入っている間に冬馬は桜子に電話をかけていた。
その頃俺はまだ夢の中で、冬馬からそれを聞かされたのは、手術後3日経ってからだった。
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