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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
63、セカンドライン
しおりを挟む「セカンドライン……ですか……」
「はい……ファーストラインの薬剤効果が薄れて来ています。次の薬剤に切り替えてみましょう」
クリスマスを過ぎた頃、今まで使用していた抗がん剤が効かなくなって来た。それは即ち、癌が進行しているということを示す。
脱毛と入院に続く、追い討ちの衝撃。
俺のように手術が出来ない末期癌の患者には、抗がん剤を用いた化学療法がメインになる。
ファーストライン(1次治療)からサードライン(3次治療)までの段階があって、ファーストが駄目ならセカンド、それも駄目になったらサードと薬剤を切り替えて行く。
それも駄目になった場合は……いや、今はそれを考えたくはない。セカンドラインの薬が長く効くことを祈ろう。
「……分かりました。よろしくお願いします」
ここのところ食欲も全く無くなり、トロトロの重湯でさえも飲み込むのが苦痛になってきた。
栄養はもっぱら点滴からになっている。
次から次へと口内炎が出来て、唾を飲み込むだけでも激痛が走る。
肌がカサカサになり弾力も無い。
自分の身体から活力や気力というものがどんどん失われているのが感じられる。
ーーヤバいな……。
駄目だ、どんなにキツくても気持ちだけは負けちゃいけないのに。
こういうのは諦めた時点で終わってしまうんだ。負けるな、負けるな、負けるな……!
「くっそ……っ! どうしてこうも、次から次へと……っ!」
握り拳で布団を強く叩く。
「くそっ!……くそっ!くそっ!」
二度三度と繰り返し拳を振り下ろしたけれど、ボフッと間抜けな音がしただけで、全く気は晴れない。
「こんなのさ……これ以上どう頑張ったらいいんだよ……。俺、これでも目一杯頑張ってるつもりなんだけど……」
気付くと頬を生暖かい涙が伝い、シーツに次々と染みを作っていった。
スマホが鳴っている。電話だ。
着信音からそれが桜子からだと分かったけれど、今この状態で出たら泣いていると気付かれてしまう。
スマホを手に、どうしようかと悩んでいたら電話が切れた。
「くそーーーっ!」
神様は不公平だ。
俺から次々と大事なものを、幸せを奪っていく。
母親を奪い、父と義母を奪い、桜子との時間まで……。
FaceTime が出来なくなったと思ったら電話でさえも気軽に話せなくなるって、そんなのあんまりだろ。顔を見て話せないなら、せめて声ぐらい聞かせろよ。最後に俺の命を奪っていくのなら、その前くらいはいい思いをさせてくれたっていいだろう? いい加減にしてくれよ……!
「いや、駄目だ……」
こうやってネガティヴになって自分で自分を追い込むと、そのループから抜けられなくなる。
桜子が帰ってくるまではどうやっても生き抜くって決めたんだ。そのためには俺自身が気持ちを強く持ってないと、どんどん増殖を続ける癌細胞の勢いに負けてしまう。
俺はティッシュで鼻を噛み、目を瞑って何度もゆっくりと深呼吸した。
ーーよしっ、大丈夫!
両手で頬をパンッ!と叩いて気合を入れてから、スマホの画面をタップする。
「……ああ、桜子? さっきはごめん、風呂に入ってた。……ああ、変わりない、元気だよ、仕事は馬鹿みたいに忙しいけどな。……ハハッ、働きすぎって? 暇なのよりはいいだろう?」
ーー大丈夫、俺はまだ話せる。こうやって声も出せるし、笑うことだって出来ている。
ビビるな、逃げるな。ただ、セカンドラインに進んだだけのことだ。
俺はまだ……生きている。
だけど、俺の癌細胞は思っていた以上に活発だった。
俺から食べることも奪おうとするから、抗ってやった。
ザマアミロ。
俺は胃のバイパス術を受けることになった。
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