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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
60、クリスマスプレゼント (2)
しおりを挟むその年のクリスマスプレゼントは、過去最大に悩みまくった。
だって、そりゃそうだろう、多分これが桜子に贈る最後のクリスマスプレゼントになるんだ。
思い出に残るもの、かつ桜子に心から喜んでもらえる物にしたい。
連日インターネットと睨めっこして考えた。
本当はお店に行って直接手に取って検討したいところだけど、今は病院と最低限の外出以外は控えている。抗がん剤の副作用で抵抗力が落ちて来ているから、ちょっとした風邪や怪我にも気をつけるよう医師から言われているからだ。
ーー身に付けるもの……か。
今までに財布や腕時計、コートやバッグ、それにネックレスなんかはプレゼントしている。
違う種類の時計を新たに買いなおす……という手もあるけれど、前に贈った物を今も使ってくれているのに、それを上書きしてしまうのは、なんか違う気がする。
ーー指輪……は駄目だよな。
出来るなら薬指への指輪を贈りたい。
どんな物がいいだろうかと考えたことなら何度だってある。
桜子の細くて白い指には、細身のリングが似合うだろう。台はプラチナ、石は定番のダイヤがいいだろうけど、誕生石のエメラルドもいいんじゃないか?
……なんて。
駄目だ、 それこそ誰かが贈る婚約指輪ですぐに上書きされてしまう。
散々悩みまくった挙げ句、ピアスを贈ることにした。
大学に入ってすぐの頃、桜子がピアスの穴を開けたいと言い出したことがあった。
周りの友人は皆ピアスをしているし、耳にアクセントを付けようと思ったら、普通のイヤリングよりもピアスの方が断然種類も多くてオシャレの幅が広いのだと言う。
両親が別にいいんじゃないかというスタンスの中、俺だけが強硬に反対した。
『親からもらった大事な身体に傷をつけるなんてとんでもない!せっかくの綺麗な肌にどうしてわざわざ穴を開けなきゃいけないんだよ!』
当時は本気でそう思っていた。
周りの女子がしているピアスは綺麗だと思うし別に気にならないけれど、桜子のあの柔らかい耳朶に穴を開けられるのだけは絶対に嫌だと思った。
俺の剣幕に桜子は驚いていたけれど、別にそこまで真剣に考えていた訳では無かったようで、『そっか、それじゃやめておく』とあっさり引き下がり、それ以降その話題が出ることは無かった。
ーーそうか、今思えばアレも独占欲だったのかもな……。
あの頃の俺は桜子への気持ちを自覚したばかりだったはずだけど、桜子の耳朶に誰かの指が触れて穴を開ける……という行為に無意識に拒否反応を示していたのかも知れない。
又は、いずれ誰かが贈るであろうピアスがその耳を飾ることへの恐怖……。
「ハハッ、俺って小っちぇえな」
「うん、ピアスを贈ろう」
そう思った。
俺が贈ったピアスのために桜子が初めて耳に穴を開け、俺が贈ったピアスを身に付ける。
最初は穴が塞がらないように付けっ放しにしなくてはいけない。朝も昼も夜も、24時間そのまま。
そう思うと、自分が桜子にピッタリと寄り添っていられるようでゾクゾクし、自然と気分が高揚した。
調べてみたらファーストピアスとセカンドピアスが重要だと書かれていたから、その両方をセットで贈ることにした。
ファーストピアスはチタン製のシンプルなもの。セカンドピアスには桜子の誕生石のエメラルドがいいだろう。深緑の輝きは、きっと桜子の耳に似合うはずだ。黒髪からチラリと覗いた時にも映えるだろう。
アパートに届いた小さな箱2つ。
これをクリスマスの数日前に合わせて郵送する。
箱を開けた時の桜子の驚く顔が目に浮かぶようだ。だってあれだけ反対していた俺がそんなものを贈るだなんて、考えてもいなかっただろうからな。
きっとすぐに電話をかけて来て、
『どうしたの?』
『ピアスの穴を開けてもいいの?』
『だって反対してたでしょ?』
……なんて言って、だけど最後には、
『ありがとう、お兄ちゃん』
って華やいだ声で言うんだ。
俺はその瞬間の顔を見ることが出来ないけれど……パアッと華が咲いたような輝く笑顔に違いない。
……うん、楽しみだ。
それから1ヶ月もしないうちに髪の毛がゴッソリ抜けて、俺の頭はツルツルのハゲ頭になった。
ついでに眉毛も睫毛も鼻毛も無くなった。
見事なまでのつるっ禿げ。宇宙人みたいだな……と思った。
鼻毛が無くなったことで、医師からは益々感染に注意するようにと言われた。
普通は抗がん剤治療を終えて数ヶ月後には髪が生えてくるらしいけど、俺の場合は治療が終わる時が死ぬ時だから、もう最期まで髪が無いままだ。
せめて遺影の写真は髪がある頃のカッコいいやつを選んでおこう。
桜子の写真と手元のピアスの箱を見つめる。
クリスマスの頃にはこれと入れ替わりで桜子お手製の毛糸の帽子が届くはずだ。
ーーうん、楽しみだな……本当に。
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