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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
59、クリスマスプレゼント (1)
しおりを挟む抗がん剤投与が3週間目に入った頃から髪が徐々に抜け始めた。
覚悟はしていたけれど、かなりのショックだった。
父親がハゲてなくて白髪頭、所謂ロマンスグレーというやつだったから、自分も歳を取ったら白髪頭になるのだろうと思っていた。
まさか30歳そこそこでこうなるなんてな……。
俺の抗がん剤治療は『維持療法』というやつで、初回の治療が終わったあと、薬を休む期間を設けずに引き続き抗がん薬の投与を続けるという方法を取っている。
初回1週間を終わった時点で医師から選択を迫られ、俺自身が決めた。
*
「維持療法……ですか」
「そうです。通常は1週間ないし2週間の抗がん剤投与を行った後で1週間の休薬期間を設けるのですが、それを無くして引き続き薬の投与を続けて癌細胞を叩く方法です」
「その方が癌に効くということですか?」
「絶対とは言えませんが、抗がん剤投与後に投薬を中止して、その反動で癌細胞が一気に増加するというパターンは防げます」
「それじゃお願いします!」
どんな方法でも何だっていい。少しでも効果がある方を選ぶに決まってる。
だけど医師は、提案に飛びついた俺を制して説明を続けた。
「八神さんの場合は副作用が比較的抑えられているのと、血液検査の結果、白血球や血小板の減少も見られていないのでご提案させていただきましたが、デメリットが無いわけではありません」
「何ですか、言って下さい」
「比較的抑えられていると言っても全く副作用が無いわけではない。治療休止期間がないまま切れ目なく治療が続くことは少なからずストレスになるでしょう。身体への負担が大きすぎて日常生活に支障があるようでは意味が無いのです」
「大丈夫です。お願いします」
正直言えば抗がん剤のせいで常に乗り物酔いみたいな状態だったから、たった1週間でも休止期間があった方が絶対に楽になるのは分かっていた。
それでも自分が楽になることより桜子のために長く生きる方を選びたかった。
ああそうだ、俺は桜子のために生きるんだ。
どんなにみっともなかろうが、往生際が悪かろうが。
地べたを這いずりまわってでも、泥水を啜ってでも……桜子に会うまでは絶対に生き抜いてみせる……そう決めていた。
*
『えっ、毛糸の帽子?』
桜子にクリスマスプレゼントの希望を聞かれたから、毛糸の帽子を編んで欲しいと頼んだら驚かれた。
まあ、俺は帽子を被るのが好きじゃなかったからな。桜子には今まで毛糸のマフラーや手袋なんかを編んでもらってるけど、帽子を頼んだことは一度も無かった。
桜子とは俺の帰国後からFaceTime をしていない。
『仕事が忙しいから長話は出来ない。顔を見ると絶対に長くなるから電話かメールで』なんて無理矢理な言い訳を、桜子は疑いもせず『忙しいなら仕方がないね』と受け入れてくれた。
だから桜子が帰国するまでは俺のみっともない姿を見られる事は無いけれど、これから冬だというのに頭に何も無いのは見かけ的にも気持ち的にも寒過ぎるので、何か被るものが欲しかったんだ。
それが桜子の手作りだったら、荒んだ心も少しは救われるだろう。
『分かった。色はまたバーガンディーでいい?』
良かった、引き受けてもらえた!
「うん、俺、あの色が好きだな……桜子が初めてかぎ針でマフラーを編んでくれてから、あの色が大好きになった」
『良かった。最初は何色にしようか凄く悩んだの。だけどお兄ちゃんには寒色系よりも暖色系だな……って思って』
「ありがとう。桜子はセンスがいいな。楽しみに待つよ。桜子は何が欲しいんだ?」
『私は何もいらない。留学させてもらってるだけで十分だから』
ーー冗談じゃない!桜子に遠慮なんてさせてたまるか!
「お兄ちゃんが贈りたいんだ。欲しいものを言ってくれよ」
桜子は電話の向こうで黙り込んで少し考えてから、
『う~ん……それじゃ私も何か身に付けるもの……とか? お兄ちゃんチョイスでいいよ』
なかなかに選択が難しい希望を言って来た。
ーー桜子が身に付けるものを俺が選ぶ……。
まあ、それはそれでなかなか楽しそうだ。
好きな女のためにプレゼントを選ぶのは、苦しい闘病生活での癒しになるだろう。
俺は桜子との電話を切ると、早速パソコンを開いてプレゼント選びを始めた。
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