仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

田沢みん

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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

58、無念の境地

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「左様でございましたか……それはご愁傷様でございます。妹様のことを思うと、さぞかしご心痛しんつうなことでしょう……」

 寺の奥座敷で立派な黒檀こくたんの座卓を挟んでお茶をいただきながら、俺が自分が抱えている病気について伝えると、住職は目尻に皺の寄った温和な目を潤ませながら同情の言葉を口にした。

「それで生前に全ての手配をされたいと?」

「はい。両親の時に分かったんですが、身内が亡くなった後にやらなくてはいけない事は、想像以上に雑多です。全部やったと思っていても必ず抜けは出てくるだろうから、今気付いているだけでも完璧に済ませておきたいんです」


 俺が考えた、桜子のために済ませておけることの一つ、それは死後の葬儀と法要の手配だった。
 両親の墓がある菩提寺ぼだいじに足を運び、住職と四十九日法要までの打ち合わせをし、かかる費用は法要ごとに封筒に入れて準備しておく。
 そして『生前戒名かいみょう』もさずけてもらう事にした。
 
 俺の経験上、身内の死後1ヶ月までが一番やる事が多くパニックになる。四十九日法要まで手配されていれば、かなり精神的負担が軽くなるだろう。
 その後のことは桜子の好きなように、ゆっくり落ち着いて考えればいい。


「『立つ鳥跡を濁さず』……です。妹に立派な兄だったと後々振り返ってもらえるよう、身辺整理をちゃんとしておきたいんです」

「『不惜身命ふしゃくしんみょう』……の精神ですね」

「『不惜身命』……ですか?」

 何処かで聞いたことがあるような言葉だけど、意味が良く分かっていなかった俺は、瞬きしながら聞き返した。

「はい。これは仏教用語で『仏道を極めるために身体も命も惜しまない』という意味があります。私ども仏門に身を置くものにはそのままの意味となりますが、一般の方々には『身体も命も惜しまない』という意味になります」

「身体も命も惜しまない……ですか」

「はい。残された妹さんに負担をかけまいと、病に侵された身体に鞭打ちここまで足を運ばれたお心、それはまさしく『不惜身命』の精神です。恐れ入ります」

「ありがとうございます。そう言っていただけると、自分のやっている事が正しいのだと思えてきます。ただ……妹を1人残して行くのは……やはり無念です」

 俺がそう言うと、住職はゆっくり頷きながら、

「無念とは本来、『念がない』、即ち妄念のないこと、無我の境地……という意味なのですよ」
 と仰った。

「……無我の境地」

「ええ、『無我の境地』です。どなたかが『残念無念』という使い方をされてから、無念とは残念なことのように捉えられがちですが、本来の『無念』とは、迷いも執着もなく、心が鎮まっている状態を指すのです。私たち仏教の理想は、まさしく『無念』、『無念無想』の状態なのですよ」

ーー無念無想……か。

「私も死ぬ時にはそんな境地になれるんでしょうか」

「さぁ、如何でしょうか。私自身もまだまだ修行の身。その境地には達しておりません」
「それじゃあ私には到底無理ですね」

「どうでしょうか……ただ、先程からあなた様のお姿を拝見していて、私にはとても尊く神々しく写っておりますよ。ご立派です」

「ありがとうございます」

 俺は改めて住職に礼を言うと、両親の墓に花を手向けた後、手を合わせて話しかけた。

「父さん、母さん、ごめんな」

 俺は桜子の幸せを最後まで見届けることが出来ないよ。
 約束を守れなくてごめんな。
 だけど、俺に出来る精一杯で、俺の命ギリギリまでは、桜子のために生きるから……。
 俺の残された命全部を桜子のために燃やし尽くすから……それで勘弁してくれよ。

「俺の代わりに……」

 俺がいなくても桜子を支えてくれる奴を見付けたんだ。
 アイツならきっと桜子を心から愛し、守ってくれる。
 俺がいなくなっても……桜子は幸せになれる。

「冬馬。……父さんたちも知ってるだろ?」

 その名前を墓前で口にした途端、自分の中で漸くそのことが受け入れられたような気がした。
 胸が痛くて苦しくて切なくなった。
 切ないけれど、ホッとしている自分がいる。

 桜子を幸せにするのは冬馬だ……俺じゃない。
 認めたくないけど……認めるしかないよな?
 俺がいなくなっても桜子は1人ぼっちじゃない……だから……これでいいんだよな?

 顔を上げてゆっくり立ち上がると、頬を流れる涙を拭ってお墓を撫でた。

「ここに来るのはこれが最後だ。それじゃあ行くよ。さよなら」

 そう言ってから、

「……違うな。あの世で会えるから、『またね』だよな。父さん、母さん、またな」


 上へ上へとくゆっていく線香の煙に乗って、俺の未練も雑念も空に飛んでいってしまえばいい……と思った。

ーーフッ……俺には無念の境地は無理だな。

 墓石の並ぶ小道をゆっくり歩きながら、俺が死んだ後は桜子と冬馬が2人でここを歩くんだろうな……悔しいな……と思った。
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