仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

57、治療開始

　月曜日。
　俺は1人で構わないと言ったのに、冬馬は俺の入院日に合わせてスケジュールを調整し、その日は事務所を休みにしてついて来た。

　初日は殆どが検査に費やされた。
　俺がナースに案内されてレントゲンやCTに行く時も、アイツが「俺がやります」と車椅子を押してくれて、どこまで過保護なんだよ……と思いながら、優しさが嬉しくて泣きそうになった。


　夕方になると担当医が看護師と薬剤師、そしてケアマネージャーをゾロゾロと引き連れて病室を訪れた。
　翌日から俺に使用する抗がん剤や今後の流れを説明するためだ。

「胃がんの薬物療法に使う薬には、細胞障害性抗がん薬、分子標的薬、そして免疫チェックポイント阻害薬があります……」

　医師と薬剤師がベッドサイドに錠剤や点滴パック、薬のアンプルなどを並べて、一つ一つの名前や効能、その副作用について説明をしていく。
　冬馬はそれを録音し、自分もメモを取りながら、真剣に聞き入っていた。

　時折俺が知らない経験者談や薬についての質問を挟んでいたから、冬馬は俺以上にいろいろ調べてくれているんだろう。
　本当に愚直で真面目な奴だ。そして面倒見がいい。コイツと結婚するヤツは絶対に幸せになれるだろう。


「抗がん剤治療では、何日か投与したのちに、しばらく休薬期間をおき、再び投与するパターンを繰り返します。投与期間と休薬期間を合わせた期間を我々は『クール』と呼んでいます。休薬期間を設けるのは、薬によってダメージを受けた正常細胞を回復させるためです。実際に何クール行うかは、八神さんの体力やがんの縮小効果を見ながら決めていきます」

「退院は出来るんでしょうか」

　俺の質問に医師が頷く。

「今は副作用を抑える薬が発達していますから、外来通院で投薬を受けるケースも増えています。八神さんの場合は初回の1クール目だけ入院して、2クール目以降は外来治療で大丈夫だと思われますが、それも検査結果や体調次第です」

「分かりました」

「個人差がありますが、初回から下痢や嘔吐などの副作用が現れる場合があります。脱毛や口内炎、爪が伸びなくなるなどの症状が現れるのは2～3週間後だと思われますが、もしもウイッグが必要であれば業者のご紹介も出来ますので仰って下さい」

ーー毛が抜けるのか……嫌だな……。

　吐き気や下痢よりも、『髪の毛が無くなる』ことの方が自分的にはダメージがデカいな……と思った。
　そうなる前に理由をつけて桜子とのFaceTime を中止にしなければ……。


　続いて自宅療養や医療費の問題についてケアマネジャーから説明があり、最後に医師の長い言葉で漸く説明会が終わった。

「我々チーム一丸となって、八神さんのQOL、クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を維持するために働きます。私たちは起こりうる症状や苦痛について予想する事は出来ますが、本当の苦しみは本人にしか分かりません。どんな小さな事でも我慢しないで、遠慮せず私たちに伝えて下さい。いいですね」

「はい、分かりました」

「あなたはご自分の気持ちや身体を第一に考えて下さい。妹さんのこと、仕事のこと、気になることは沢山お有りでしょうが、まずは自分が一番です。いいですね」

　そうは言われたけれど、俺はどうせ死ぬんだ、自分が一番だなんて、これっぽっちも思っていない。自分のことよりも自分が逝った後に残される桜子のことが最優先だと思った。


　1週間の入院中は、冬馬や水口さんが心配して何度も足を運んでくれた。冬馬がかいがいしく世話を焼いてくれて、食事までスプーンで食べさせようとするから、「お前は俺の嫁かよ！」と言って２人で笑い合った。

　副作用の嘔吐や倦怠感があったけれど、それらの症状は薬で抑えられて、想像していたよりもキツくは無かった。
　ただ、病院にいれば食事が出るし、気分が悪ければナースが飛んできてくれる。退院後に自分で通院しながら日常生活を送るとなると、大変になることは予想された。

ーーもう遠出は無理だろう。やはり治療開始前に桜子に会いに行って良かった……。

　俺は退院したその日に両親の菩提寺に連絡を取り、近日中に訪問させてもらう約束を取り付けた。