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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
54、またね
しおりを挟む点滴の針をスッと抜いてアルコール綿を乗せると、「ここを押さえていて」、「はい」。
いつものやり取り。
だけどそれも今回で最後だ。
「ジョン、本当にありがとうございました。どれだけ感謝しても足りないよ」
「こちらこそ、君に出会えて良かった。私に出来るのはここまでだ。あとは君の生命力と運に期待するしかない。こういう時に医者の無力さをしみじみと感じてしまうね」
「無力じゃないですよ。現に俺はずいぶん救われた」
金曜日の午前8時半。
開院前の時間に俺に点滴を施してから、ジョンは瞳を潤ませながら別れの言葉をくれた。
「サクラには結局病気のことを伝えないままで?」
「はい。アイツが苦しむのはもう少し後でいい」
「But...」
そう言ってからジョンが口を噤む。
分かっている。
だけど、それより先に死んでしまったらどうするんだ?……そう聞くのを躊躇したんだろう。
「俺は生きますよ」
「えっ?」
「俺は桜子が日本に帰ってくるまでは絶対に死なない。生き抜いて見せる。……そう決めていますから」
笑顔でそう言ってベッドから立ち上がった俺に、ジョンが言いづらそうに聞いてきた。
「タイシ、これは嫌なら答えなくてもいいんだが……」
「……なんですか?」
「もしかしたら、君はサクラを……」
そこまで言って、
「いや、私が立ち入っていい部分では無かった。すまない、今のは忘れてくれ」
スッと右手を差し出して来た。
俺はその手を黙って握り返す。
「タイシ、君に出会えて良かった。……また会えることを祈っている。……生きてくれ。good luck! 」
グッと力が籠もったその手に、俺も力を込めることで応えた。
「ジョン、本当にありがとう。死ぬ前に良い出会いがあって良かった」
「……私もだ。君の闘いを……ここでの君の勇姿は……私がずっと覚えている」
グッと肩を抱かれ、ハグしながらお互いの背中をポンポンと叩き合い、身体を離した。
「それじゃあ行くよ」
ドアを開け、出て行こうとして……足を止めて振り向いた。
「……ジョン」
「なんだい?」
「俺さ、桜子とは血が繋がっていないんだ」
フッと微笑んでドアを閉める瞬間に、中からもう一度、「good luck!」と言うのが聞こえた。
「それじゃあお兄ちゃん、元気でね。気を付けてね」
「ああ、1週間ありがとうな。楽しかったよ」
「日本に帰ってもちゃんと食べてね。一度ちゃんと病院に行って胃を調べてもらってね」
「ああ……分かってる。日本でお前を待ってるからな。あと5ヶ月、頑張れよ」
「うん、お兄ちゃんもお仕事頑張って」
出発の時間が近付いた。そろそろ出国ゲートに向かわないと。
「なあ桜子、最後にもう1回だけアレやってよ」
「アレ?」
怪訝そうに首を傾げる桜子に、俺はわざとふざけたようにニカッと笑いかける。
「恋人バージョンで別れの言葉を言ってくれよ」
「えっ?」
「桜子が甘い言葉を言ってくれたら、兄ちゃんはいろいろ頑張れるんだよ。だから……なっ?」
顔の前で手を合わせて拝むと、桜子は呆れたように「シスコン極まれり……」と言いながらも微笑んで、
「大志、大好きだよ。お仕事頑張って!身体に気を付けてね!」
ぴょこんと首を傾けて甘えたような表情まで作るサービス付きで言ってくれた。
「桜子……大好きだぁ!」
「きゃっ!」
ガバッと抱きついたら、笑いながら抱きしめ返してくれた。
「桜子……大好きだ」
「うん」
「本当に大好き」
「……うん」
「愛してる」
「……うん」
「本当に……桜子、俺はお前を……愛してる」
「うん、お兄ちゃん、愛してるよ」
ーーうん、俺は幸せだ。
この言葉で……この温もりで……昨日の唇の柔らかさで……それさえあれば、俺は生きていける。
そうだ、俺は生きてもう一度桜子に会う。
絶対に……生き抜いてみせる。
出国ゲートを抜けた瞬間に振り返ったら、桜子はまだこっちを見て手を振っていた。
その唇が「またね」と言っている。
ーーああ、またな……。
俺も大きく手を振って、涙が出そうになったところで背を向けた。
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