68 / 177
<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
43、友の涙
しおりを挟む「俺、胃癌なんだってさ」
「……えっ…」
応接室で向かいあって開口一番にそう告げると、案の定冬馬は目を見開いて固まった。
まあ、そうなるだろうな。俺だって最初に聞いた時は固まったからな。
「スキルス胃癌って言ってさ、進行が早い癌なんだよ。ステージIvで、もう手の施しようが無いんだってさ。手術も出来ないから化学療法を試すんだって。それもどれだけ効果があるか分からなくて、俺は若いから癌細胞も活発で、いつどうなるか分からないんだってさ……」
途中で止めたら喋れなくなると思ったから、ここに戻るまでの道中であらかじめ考えておいた言葉を一気に告げた。
自分でも驚くくらいの早口になってしまったけれど、それでも冬馬は聞き取ってくれたらしい。
「…… 嘘だろ」
「そうだろ、 俺も嘘だろって思ったんだけどさ…… 残念なことに、 どうやら本当なんだよな」
冬馬は口元を右手で覆って絶句している。
悪いな冬馬、お前に負担をかけちゃうな。
「事務所がようやく軌道に乗って来たところで戦線離脱する事になって申し訳ないと思っている。 だけど、 俺が抱えている案件はきっちり終わらせるし、 顧客のお前への移行も早々に済ませるつもりだ」
「事務所のことはどうにかするから大丈夫だ。 それよりも…… 」
案の定というか冬馬らしいというか、アイツが何よりも心配したのは桜子の事だった。
俺が桜子には知らせないと答えると、やっぱりアイツは激昂した。
「おいっ、 何言ってるんだ! たった2人きりの兄妹なんだろ?! 教えない訳にいかないだろう! 」
「駄目だ。 言えばアイツは留学を切り上げて帰ってくる」
「だからって…… 」
「桜子は俺の秘書になることを目標に頑張ってるんだ。 夢を叶えてやる事は出来なくなったけど……」
本当は桜子と一緒に仕事をしたかったけれど……アイツの夢を叶えたら、今度は俺の夢を叶えて、2人で新しい未来を夢見たかったけれど……。
「せめて少しでも長く夢を見させてやりたいんだ」
桜子の泣き顔を見るのは、もう少し先でいい。
「冬馬、 俺の事情に巻き込んで悪いな。 お前にも嘘の片棒を担がせる事になるけれど、 協力してくれよ。 それと…… 桜子の後見人と顧問弁護士をお前に頼みたい」
冬馬は膝の上で指を組んで、ジッと何かに耐えるように俯いていた。
俺が泣いていないのに、自分が涙を見せてはいけないと思っているんだろう。
まあ、俺は今さっき散々泣いてきたからな。
今もお前の姿を見て、ちょっと泣きそうになってるけど。
暫くして、漸く冬馬は振り絞るような声を出した。
「……分かった。だけど諦めるなよ。俺に出来ることは何でも協力するし、仕事もどんどん俺に回せ。お前は病気を治すことに専念しろ。俺も治療法についていろいろ調べてみるから、漢方でも何でも片っ端から試せ」
「ハハハッ、お前っていいヤツだな」
「笑うなよっ!俺の前ではそんな作り笑いを見せんなっ!……頼むから……事務所のために……桜子ちゃんのために……くっ……生きてくれっ!」
「悪い…」と言い残して冬馬は一旦出て行った。洗面所で顔を洗っているんだろう。俺も側にあったティッシュで鼻を噛んで呼吸を整えた。
「本当にいいヤツだよな……」
俺のために大手の事務所を辞めて来てくれた。2人で泥舟を必死で漕ぎ続けて、漸くヨットくらいにはなったかな……って時にこの有り様だ。
いきなりいろんな事を丸投げされて、怒ったっていいはずなのに……俺がいなくなれば遠慮なく桜子と付き合えるのに……。
それでもお前は俺に『生きろ』と言ってくれるんだな。
「そういえば俺、アイツの涙を初めて見たな」
滅多に見せない男泣き……。
そうか、アイツはこんな俺のために泣いてくれるのか……。
ーー本当に俺は、いい親友を持ったよ。無二の親友……魂の友だ。
「ありがとう……冬馬」
その3日後に俺と冬馬は連れ立って病院に行き、医師から改めて病状の説明と今後の方針についての説明を受けた。
基本的には化学療法を行い、今後現れるであろう下血や下痢、食欲不振や痛みなどについては、貧血の薬や痛み止めなどで対応していく、所謂『対症療法』を施していくと言うことになった。
病院から戻ってすぐに水口さんにも病気について話し、3人でテーブルを囲んで今後についての打ち合わせをした。
水口さんも勿論だけど凄く驚いて、ポロポロと涙を溢した。
泣きながら、桜子には知らせるべきだと強く主張したけれど、最後には俺の我が儘を聞いて、納得はしないまでも、黙って頷いてくれた。
その日の事務所はシンとしていて、まるでお通夜か葬式みたいだった。
10
お気に入りに追加
1,589
あなたにおすすめの小説
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。