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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
42、慟哭
しおりを挟む「……分かりました。それでは妹さんへの説明をどのようにするかを一緒に考えましょう」
医師の言葉に俺は首を横に振った。
「いえ、その必要はありません」
「えっ……?」
「実は妹は、アメリカに語学留学中なんです。……俺の事務所に……秘書に……そのため…に……だから…帰って来たら……俺から……」
そう。桜子は俺の秘書になるのを楽しみにボストンで頑張っていて、俺の事務所は上昇気流に乗っていて、あと半年したら桜子が帰って来て、俺はアイツに……。
ーーくっそ……情けねぇな……
これから厄介な病気と闘っていかなきゃいけないって言う時に、いきなり泣きを入れてどうすんだ。
「う……っ…すいません……俺……」
医師は俺の肩にポンと手を乗せると、ギッと音をさせて椅子から立ち上がった。
「分かりました。その信頼できるお友達と、近いうちに一緒に来ていただけますか? 改めて今後の治療方針などを話し合いましょう。……私は外来に戻りますから、八神先生は好きなだけここにいらして下さい」
シャウカステンの電気をパチリと切ると、部屋を出て行った。
ドアが閉まった途端に俺は机に顔を突っ伏して泣き崩れた。
「あーーーっ!くそっ!くっそーーっ!」
どうしてなんだ!
なんで俺なんだよ!
どうして今なんだよっ!
俺、頑張って来たよな?
勉強だって仕事だって頑張って来たし、親父がいなくなってからは事務所を立て直すために毎日走り回ってきたよな?
父さんと母さんの分まで桜子を大事にしてきたし、全力で守って来たんだ!
なのに……俺の努力は報われちゃいけないのかよ!
俺は幸せになっちゃいけないのかよ!
これからなのに……どうしてこんな事になっちゃうんだよ……。
最悪だ!神様はいないのかよ!どうにかしてくれよ!嘘だって言えよ!馬鹿やろう!
桜子……俺はどうしたらいいんだ……桜子……桜子、桜子、桜子…………!
「あーーーーーーっ!」
俺は医師の言葉に甘えてそのままそこで30分近く泣き続けた。泣くというよりは泣き喚いていた。慟哭、 咆哮だ。
獣のようなその声は、きっと廊下にも響き渡っていただろう。
だけどそんなのどうでもいい。クソくらえだ。
「……事務所に戻らないと」
俺はガバッと顔を上げて手の甲で鼻水を拭った。
今日は午後2時からクライアントとのアポが入っていたはずだ。
「駄目だ、こんな事をしてる場合じゃない」
事務所に戻って今朝からのメールの確認と返事、裁判の準備書類の起案、3時半から離婚の家事調停、それから……。
こんな時でさえ、やる事は山積みだ。
そんな事をしたって俺は死んでしまうのに。何の意味もないのに。
「……バカヤロウ……意味がないなんて……そんな事あってたまるか」
頭をフルフルと振ってイカれた脳味噌を呼び覚ます。
そうだ、俺は『八神法律事務所』の代表なんだ。桜子の兄貴なんだ……。
こんなところでのんびりしている場合じゃない。
俺はデスクにあったコピー用紙とペンを拝借すると、その場で医師に向けての手紙を書いた。
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先生、本日は丁寧かつ正直な説明をいただきありがとうございました。そして部屋を貸していただきありがとうございました。御配慮に感謝致します。
先生、俺はまだ諦めてはいません。知らされた内容はとてもショックでしたが、それを事実として真摯に受け止め、その上で自分が今出来ることをしていきたいと思います。
俺の人生のゴールがもう決まっていたとしても、そこに到着するギリギリまで、1分1秒でも命を引き延ばす為に足掻いてみようと思います。
俺の人生を意味あるものにしたいと思います。
そのためには何でもしますので、先生にも御協力いただければと思います。
どうか、どうかよろしくお願い申し上げます。
八神大志
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俺は駐車場で車に乗ると、冬馬に電話を掛けた。
「ああ冬馬、午前中休んじゃって悪かったな。ああ、その事でちょっと話したいことがあってさ。あと20分くらいしたら、水口さんに備品の買い出しを頼んでくれないかな。郵便局で切手も買って来てもらって欲しい……うん、じゃあ」
その後信号待ちでぼんやりして2回程クラクションを鳴らされながら、俺はどうにか事務所に帰り着いた。
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