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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

39、桜子の旅立ち

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 桜の季節と入れ違うみたいに、桜子がボストンに旅立って行った。
 当日は冬馬が家まで迎えに来てくれて、アイツの車で空港に向かった。

 本当は俺が1人で見送りに行こうと思っていたんだけど、桜子の出発の日が決まったと冬馬に教えたら、自分も見送りに行きたいと言い出した。
 あまりにも必死で苦しげで真剣で……
 俺のせいでコイツは長らく桜子に会えてなかったんだよな……って考えたら、頷く以外の選択肢は無かった。

 空港までの車内はとても静かで、唾を飲み込む音でさえ憚られるような空気だった。
 久しぶりの再会でいろいろ話したい事があるだろうに、2人ともそれを言葉に出来ずに黙って胸に仕舞い込んでいた。

 桜子は泣きそうな顔で窓の外を眺め、冬馬は運転しながらチラチラとルームミラーに視線を動かしている。そして俺はそんな2人に気付きながらも何も言ってやれなくて、俺自身もまたルームミラーで桜子を盗み見、冬馬の横顔に視線を移し、窓の外の景色を滲んだ視界で眺めていた。


「……それじゃ、行って来るね。お兄ちゃん、冬馬さん、ありがとうございました」

 チェックインカウンターで手続きを済ませた桜子は、機内持ち込みのキャリーバッグを片手に、手荷物検査の列に並ぼうとしていた。

「桜子、向こうは寒いから風邪に気をつけて。手洗いうがいをしっかりして……」

「はいはい、万引きや引ったくりに気をつけて、ナンパには絶対について行きません……ふふっ」

ーーあっ、やっと桜子が笑った。

 意図していなかったけれど、俺の言葉で最後に桜子の笑顔が見れた。それが嬉しかった。

「ハハッ……大志、お前はオカンかよ」

「うるさい冬馬、俺は桜子の父親で母親で兄貴で、家族代表として桜子を見送りに来てるんだよ。……だから桜子、いつだって連絡して来いよ。用事があっても無くてもいいんだ、兄ちゃんにお前の声を聞かせてくれ」

「……お兄ちゃん…」

 美しい顔がクシャッと歪んだかと思うと、キラキラ光る涙の粒が頬を伝い、ポトリと落ちて行く。

ーーあ~あ、やっぱり最後は泣かせちゃったな。だけど桜子は泣き顔も綺麗だな……。

 さっきの笑顔もこの泣き顔も、しっかりと目に焼き付けておこう。

「桜子……」

 背中に手を回してキツく抱き締めたら、俺の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らした。
 このまま離したくないな……行かせたくないな……。

 だけどこれは俺たちの未来のための試練だ。1年後の新しい2人のための束の間のお別れだ。

 俺はそっと桜子の身体を離すと、肩を抱く手に想いを込めて、潤んだ瞳をジッと見つめる。

「桜子、これだけは忘れるな。兄ちゃんはいつだって桜子の味方だ。いつだって桜子のことを想ってる。俺は……桜子を心から愛してる」

「うん……うん、お兄ちゃん……」

「よしっ、気を付けて行って来い!」

 最後にもう一度だけ肩に置いた手にグッと力を込めてから桜子を手放した。

「桜子ちゃん!」

 列に向かおうとする桜子を冬馬が呼び止めた。

「冬馬さん……」

 冬馬は桜子の前に歩み寄ると、

「応援してる……気を付けて」

 それだけ言って、右手を差し出した。

「ありがとうございます。冬馬さんも……お元気で」

 桜子がそっと手を握り返すと、冬馬はもう片方の手も添えて、両手でグッと桜子の手を包み込んだ。

 そのまましばらく2人して見つめ合ってから、ゆっくりと手が離れ、桜子は旅立って行った。

 桜子が出国ゲートをくぐり、その背中が見えなくなるまで、俺と冬馬は黙ってその姿を見送っていた。
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