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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
35、火傷事件 (4)
しおりを挟む「私、お料理を手伝ってきますね」
水口さんが席を立ってキッチンに向かうと、「あっ、俺も……」と冬馬まで腰を浮かせたから、俺が慌てて制した。
「お前はいいよ、女子2人に任せておけよ」
「でも……」
キッチンの桜子が気になって仕方がないんだろう。そちらにチラチラと視線を送りながらも、俺の手前積極的に出られず葛藤している……といったところか。
俺の桜子への気持ちを知らなければ、お前はもっと堂々と桜子にアプローチ出来たのにな。
俺が妹に恋してる兄貴じゃなければ、お前をからかいながら応援してやれたのにな。
だけど『もしも』を語ってたって仕方がない。
もう俺とお前はライバルになってしまったんだから。
桜子の『初恋の君』で家族ではないというアドバンテージがある以上、冬馬の方が断然有利だ。
それをひっくり返そうと思ったら多少の策を講ずるのは当然だし、利用できるものは何だって利用する。
その結果、桜子が失恋する事になったとしても、俺が隣で慰めてやる。
俺が桜子を想うように桜子も俺を好きになってくれたら、全力で愛するし大事にする。
それで最終的に桜子が幸せだと思ってくれたら万事オーケー、結果オーライだ……そんな風に思っていた。
「……大志、やっぱり俺も手伝ってくるよ」
「えっ……おいっ!」
だけど冬馬は俺の言葉を無視して立ち上がった。
やっぱり冬馬は桜子のこととなると強引で積極的になる。
気持ちを抑えていてもこの状態なんだ。もしも俺が桜子を好きだと教えていなかったら、今頃どうなっていたかと背中が冷えた。
「桜子ちゃん、何か手伝おうか?」
「あっ、冬馬さん。すいません、準備が遅くて……」
「全然大丈夫だよ」
キッチンカウンターの向こう側で仲良さげな会話が繰り広げられている。
思わずチッ!と舌打ちをして、ビールを呷った。
「あっ、桜子さん、焦げてる!」
「えっ?……あっ!」
しばらくすると女子2人の焦ったような声が聞こえてきた。
ーーんっ?
テーブルに手をつき身構えたところで、
パシャン!
「「きゃあっ!」」
大きな悲鳴が上がった。
「桜子!」
俺が慌ててキッチンに飛び込むと、床にお尻をついて片足を前に出している桜子と、その傍らにしゃがみ込んでいる冬馬、そして口に手をあててそれを見ている水口さんの姿があった。
心臓がドクンと跳ねた。
一瞬で全身の血液が逆流して頭がカッとなる。
「桜子っ!」
冬馬をグイッと押しのけて桜子の前にしゃがみ込むと、油の染み込んだソックスを見つめる。
ーー油が跳ねたのか……。
「……油がかかったのは足だけ?他は?……ソックスは脱ぐなよ、皮が捲れる。まずは風呂場で冷やそう」
桜子を抱き抱えると、後ろの水口さんを振り返る。
「水口さんは?」
「少し腕に跳ねた程度だから、少し冷やしておけば大丈夫」
「そうか……」
俺は冬馬に水口さんの介抱を任せ、桜子を浴室に連れて行った。
浴槽のふちに座らせ、氷水の入った洗面器に靴下ごと左足を突っ込ませる。
「冷たいけど足は入れっぱなしな。いいって言うまで絶対に出すなよ!」
その場に桜子を残して冬馬の元に向かうと、
「桜子を病院に連れて行く。悪いけど今日の会は中止にさせて欲しい……水口さんも、ごめん」
2人に頭を下げて玄関まで見送った。
口ではああ言ったけれど、内心では2人にイラついていた。
ーーバカヤロー! お前ら2人が話し掛けるからこうなったんだ! 桜子の邪魔をしてんじゃねえよ!どうして桜子だけが油を被ってるんだよ! ふざけんな!
カッカしながらも桜子の元に戻り、洗面器の前にしゃがみ込む。
「2人は……今日はもう帰るって。これから2人だけでどこかで飲み直すんじゃないかな」
「そう……2人で……」
「そう、2人で」
「ごめんなさい。私のせいでせっかくの歓迎会が台無しになっちゃった」
ーー桜子……そんなに悲しそうな顔をするなよ……。
アイツらのことなんて放っておけよ。
お前はもっと怒ったっていいんだ。痛いって泣き喚いていいんだ。
もっと我が儘になれよ。自分のことを考えろよ。
俺だったら……俺ならお前にこんな火傷なんかさせない。
俺が守るから……大事にするから……
お願いだから俺を選んでよ。
スカートの裾が水に浸きそうになっていたから膝まで捲ってやったら、中から足のすねが現れた。白くて細くて簡単に折れそうだ。
チャプン……
氷水に手を差し入れて足首のあたりに触れたら、こんな時なのに腰に甘い痺れが走った。
「……心配するな。もしも痕が残ったら、兄ちゃんが嫁に貰ってやる」
「ん……お兄ちゃん、ありがとうね」
桜子、本当だよ。
冗談でも慰めでも無いんだよ。
例えばお前が全身に油を被ったとしても、ケロイドだらけの醜い姿になったとしても、俺はお前を見捨てない。どんなお前だって愛し抜く。
ーー冬馬なんかよりも……俺の方が愛してる!
「ああ、そう言えば……」
唾をゴクリと飲み込んで、震える声で切り出した。
「気付いた? アイツら付き合ってるっぽいな」
「えっ?! 」
サッと桜子の顔色が変わる。罪悪感を感じたけれど、一旦動き出した唇は止まらない。
自分でも驚く程つらつらと嘘を並び立てていると、まるで自分が詐欺師かサイコパスのように思えてきた。
ーー利己的で結果至上主義。そうか、俺の心はもう病んでいるのかも知れないな。
「昔付き合ってた彼女も法学部の先輩だったし、 アイツ、 好みが分かりやすいんだよ」
「ふ~ん……そっか~」
桜子の瞼が震え、瞳が潤んでいた。
それを見て可哀想だと思ったけれど、これで冬馬を諦めるだろうとほくそ笑んでいる自分もいた。
このあとすぐに病院に連れて行って治療をしてもらい、その後もしばらく通院を続けたけれど、結局桜子の左足の甲には1円玉大の火傷の痕が残った。
その痕を見るたびに馬鹿な策を講じた自分を反省し悔やんだけれど、この後しばらく冬馬と桜子に距離が空いたのは確かだったから、作戦は成功と言えば成功だったんだと思う。
だから天罰が下ったんだろう。
その後俺を襲った出来事は、嘘つきで自己中心的な俺に神が下した罰だったに違いない。
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