仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

33、火傷事件 (2)

「なあ冬馬、お前、大抵の女には塩対応なくせに、水口さんにはやけに心を開いてるよな」

　ある日、事務所で冬馬と2人きりになった時に何気なく彼女の話題を振ってみた。

「ああ、女特有のベッタリした感じがなくて話しやすいよな。竹を割ったような性格っていうか……」

「付き合っちゃえばいいのに」
「はぁ？」

「美男美女だし、お前みたいな抑え目な性格の奴にはああいうハキハキした女性が似合ってると思う。お前なら彬くんの気持ちにも寄り添ってやれるだろうし、上手くいくんじゃないか？お似合いだよ」

　冬馬の桜子への気持ちを知りながらこんな事を平気で言う俺は最低だったと思うけれど、あの頃の俺は冬馬の気持ちを桜子以外に向かせたくて必死だった。

　だって俺は桜子を愛しているし、冬馬のことだって大好きなんだ。
　冬馬が桜子を諦めてくれさえすれば、俺たちは最高の関係でいられるはず……そんな風に思って、その考えに固執していた。


「いや、俺は……」

　冬馬はそこで言葉を切って、何か言いたげにしてからフッと苦笑した。

「……しばらく恋愛はいいかな。この事務所を軌道に乗せて大きくして、桜子ちゃんが安心して働けるようにするのが俺の目下の目標かな」

　そう言ってそっと睫毛を伏せたアイツの表情を見て、胸がチクリと痛んだ。

ーーごめんな、冬馬。だけどお前にも誰にも桜子を渡したくないんだ……早く諦めてくれよ！



「ねえ水口さん、水口さんってどうして駄目ンズがいいの？ 絶対苦労するって分かってるのに敢えてそっちに行く心境ってどういうものなわけ？」

　ある日、事務所で水口さんと2人きりになった時に何気なく恋愛の話題を振ってみた。

「えっ、理由ですか？」

　水口さんは煎茶の入った湯呑みを俺と自分の前にコトリと置きながら、顎に手を当てて考える仕草をした。

「う～ん……そうですね。敢えて言えば、『育てる楽しみ』って言うやつですかね」

「育てる楽しみ？」

「ええ、良くあるじゃないですか。宝塚のファンはお目当ての子をデビュー当時から応援して、トップになるまでお金を注ぎ込む……とか、ジャニーズファンはジュニアの中からお気に入りを見つけて、推しがデビューするのを楽しみに追い掛ける……とか。それと同じですよ」

「それって同じか？」

　水口さんは『何を言ってるんだ』みたいな顔で俺を見て、

「同じですよ。うだつの上がらないショボくれた男を支えて応援して、一人前の男に仕上げるんですよ、楽しいじゃないですか」

「ああ、上げマンって言うやつか」

「そうとも言いますかね。まあ、そうやって一人前になった男は、育ててもらった恩を忘れて他の女のとこに行っちゃうんですけどね」

　苦笑する水口さんを見て、合点がいった。
　そうやって水口さんのお陰で自信を持った男には女が寄ってくるようになる。
　昔の冴えない自分を知っていて頭が上がらない水口さんよりも、可愛く甘えてくれてチヤホヤしてくれる他の女の方が良くなって逃げ出す……のパターンを繰り返しているんだろう。

「それじゃあ、DV夫は？ 社長の息子で副社長をしてたのなら、駄目ンズではなかったんだろう？」

「ああ、それは……人望が厚くてカリスマ性のある父親へのコンプレックスと自信のなさでショボくれてたんですよ」

「やっぱりショボくれてたのか」

「ええ、私は社長秘書とは言っても社員全体のスケジュール管理もしていて副社長のお手伝いもしていましたから、ネクタイの柄やら言葉遣い、副社長としての立ち居振る舞いまでアドバイスをして……そしたら惚れられて、結婚してくれないと死ぬって土下座されて、絆されちゃったんですよね」

　アイツの場合は浮気はしなかったけどDV野郎の大ハズレでしたけど……と言って唇の端を引き上げるのを見て、ああ、絶対に冬馬みたいなのはナシだろうな……と悟った。

　冬馬ほど育て甲斐のないヤツはいないだろう。
アイツは自分の足でしっかり立って、自分の実力で上に行けるヤツだから。


　そこで諦めておけばいいものを、俺はそれならと、次の手段を考えた。

『火傷事件』。
　今も桜子の左足の甲には、1円玉大の火傷の痕がある。