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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

31、水口麻耶 (3)

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「……それじゃあ、ここで短期で使ってもらえるんですか?」

「水口さんさえ良ければ。ただし条件があって、それを呑んでもらえるなら……だけど」

「条件……ですか」
「うん、実は俺には親の再婚で出来た妹がいてね、彼女もDV被害者なんだ」
「えっ……」

 水口さんは桜子に会ったことが無い。俺がそのようにしていたから。
 桜子が事務所に来る時間には絶対に水口さんの予約を入れなかったし、桜子の前で水口さんの話題も出したことはない。

 水口さんにも桜子の存在を明かすつもりは無かったけれど……今後事務所で働けば必ず顔を合わせることになる。
 協力してもらうなら桜子の過去とトラウマについて知っておいてもらう必要があるだろう。




「冬馬、水口さんにうちで働いてもらうことにした」
「はっ?」

「水口麻耶さん……あのDVの離婚案件の……さっき話をまとめてきた」

 俺がデスクのパソコンに向かいながらそう言うと、冬馬は大股で近付いてきてデスクを両手でバン!と叩いた。

「おい大志、本当に彼女を雇うのか?もっと年配の人がいいって言ってただろ?」
「悪いな、もう決めたんだ」

「だけど、桜子ちゃんの立場だって……」

 パソコンから顔を上げて見ると、冬馬は案の定、目を吊り上げて険しい顔をしている。まあ当然だよな。

 近くに若い女を置いて下手に惚れられると仕事にならない。だから今度雇う事務員は年配で既婚の女性。
 それが俺と冬馬で話し合って決めていた事だった。

 なのに俺が選んだのが、ついこの間までクライアントだった、しかも俺たちよりたった3歳年上なだけの水口さんだったから、戸惑うのも仕方ないだろう。

 だけど、裁判所で毅然とした態度でハキハキと受け答えする彼女を見ていて閃いてしまったんだからしょうがない。こういうのはタイミングとスピードが大事なんだ。

「桜子ちゃんは将来この事務所で働くつもりなんだろう? 水口さんがいたら……」

 そしてこんな時でもお前が考えることは『桜子ちゃん』かよ……。
 まあ、俺も同じようなもんだけどな。俺だって桜子のことを考えて決めたんだ。気持ちじゃお前に負けてねえよ!……っていうかお前より年季が入ってんだ、負けるかよ!

「まあ聞けよ、冬馬……」

 水口さんは彼氏持ちでダメンズ専門だから俺たちに惚れる心配はないということ、そして彼女を雇う利点を順を追って説明すると、冬馬は顎に手をあて頷いた。


「……なるほどな」

 漸く表情を緩めて、俺の肩に手を置く。

「大志の慧眼けいがんには感服するよ。よくそこまで思いついたな」
「まあ、一応この事務所の責任者だし……」

ーーそれに桜子のプラスになるためなら何だって……。


 後日水口さんにも事務所に足を運んでもらい、俺たち3人は改めて約束を確認し合った。

『桜子には水口さんの家庭の事情を絶対に言わない』


「いいか、何度も言うけど、桜子は実の父親にDVを受けていた過去がある。今はほとんど記憶に無いけれど、水口さんの話を聞いて記憶の蓋が開いたら、どんな症状が出るか分からない。最初の頃のような怯えた目は2度とさせたくないんだ」

「それはこの前も聞いて分かったけれど、一緒に仕事をしていたら、お互いの家族の話題になったりするものでしょう? 私、嘘はつきたくないわ」

 彼女の性格上、そう思うのは当然だ。だから俺は、予め用意していた返答を口にした。

「嘘をつきたくなければ、最初から何も言わなければいい。『プライベートの話はしたくない』で通すんだ。大丈夫、桜子自体が家族の話をしたがらない。聞いてくるとしたら彼氏がいるかどうか……ぐらいなものだろう」

 それでも彼女はまだ納得いかないような表情を浮かべていたけれど、その条件さえ呑めば小さな事務所の事務業務で社長秘書並みの給料が貰えるんだ。しかも家庭の事情にも理解があるから急な休みにも文句は言わない。
 だから水口さんは最後には黙って頷いた。


 中途半端にバツイチである事や子供のことだけをバラすと、嘘が重なって、どこかで綻びが出る。
 だから最初から桜子には何も情報を与えない……そう決まった。


 だけど、純粋に桜子や事務所のことを考えての決断だったはずのそれが、いつしか俺のためのものにすり替わっていった。
 水口さんの存在を利用して桜子を冬馬から遠ざけることに利用したから。


「おい桜子、水口さんがいるからもうここに来る必要はないんだ。そんな事より勉強してろ」

「あら桜子ちゃん、私がいるから大丈夫よ」

 仕事を失った桜子はお役御免となり、事務所に顔を出さなくなった。
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