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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
29、水口麻耶 (1)
しおりを挟むガラッと窓を全開にして空気の入れ替えをすると、窓ガラスとデスクを丁寧に拭いて、ゴミ箱のゴミを集める。コピー機の電源を入れてから給湯室に向かうと、コーヒーの入ったマグカップを2つ持って俺のデスクに持って来る。
「はい、お兄ちゃん、どうぞ」
「ありがとう。桜子の淹れてくれるコーヒーは美味いな。いろいろありがとうな」
桜子は俺の向かい側に椅子を持って来て座ると、自分もミルクたっぷりのコーヒーをコクリと飲んで口から離し、呆れたように苦笑した。
「一緒に来なくても良かったのに。お兄ちゃんは9時に間に合えばいいんだから、家で寝てればいいんだよ」
「でも、早目に来たら来たでやる事があるし、桜子との時間が持てるのも嬉しいんだよ」
「うわっ、シスコンだ~」
「そうだよ。俺の優先順位1位は桜子だからな」
「ふふっ、私もお兄ちゃんが大好きだよ。だから少しでもお手伝いが出来て嬉しいの」
ーーうん、幸せだ。
5月中旬になって、桜子が事務所の手伝いに来るようになった。
冬馬が俺たちのアパートで一緒に夕飯を食べていた時に、『弁護士が2人になったのはいいけど、やはり事務員がいないと厳しいな……』なんて会話をしていたのを聞いて、それならと桜子が立候補したのだ。
勿論大学の勉強があるからずっといるわけにはいかないけれど、朝は受講前に事務所に寄ってこうして営業前の準備をしてくれるし、時間がある時は電話番をしたりお茶出しをしてくれて、かなり助かっている。
今は午前8時。営業時間の9時には早いけれど、ここまで桜子と電車で一緒に来れるのは楽しいし、ここからなら桜子が電車に乗る区間が短くて済む。
昔みたいに俺が車で送迎するわけには行かないし、すぐに駆け付けてやれないから、俺が出来る範囲で出来るだけ一緒に行動してやりたいんだ。
「今日は2コマで終了だから、お昼過ぎからまた来るね」
「無理しなくてもいいんだぞ。大学の勉強を優先しろよ」
「ここで電話番をしながらでも勉強出来るから。それに、ここでお兄ちゃんたちが仕事をしてるのを見てるの、結構好きなんだ」
ーー冬馬のスーツ姿を見てるのが……だろ。
冬馬が段ボール2箱分の荷物を抱えて事務所を移って来たのは5月初旬だった。
「ようボス、これからヨロシク」
「ハハッ、ボスじゃないだろ。こちらこそヨロシクな、相棒」
がらんとしていた無人のデスクにファイルや本が並んで行き、パソコンが置かれ、起動する。
寝静まっていた細胞が動き出したみたいに急にその場が活気付き、華やいだ。
まだ冬馬は仕事を始めてもいないのに、とてつもなく安心感があって、これからは全てが上手くいくような気がした。
ーーああ、俺って寂しかったんだな。
親友の合流で気が付いた。大丈夫だと自分に言い聞かせていても、やはり心の何処かで不安や迷いがあったんだろう。
これからは1人じゃない。一緒に考え、答えを導き出してくれる仲間がいるんだ……。
それが本当に嬉しかった。
冬馬が来てくれた事で、俺も本来の自分を取り戻せたんだろう。
積極的かつ大胆に行動できるようになり、持ち前の愛想の良さと押しの強さを発揮できるようになってきた。
そこに冬馬の冷静沈着な判断力と安定の聞き上手が加わって営業も上手く行くようになり、顧客を徐々に増やしていった。
そんな頃に離婚の相談で事務所を訪れたのが、水口麻耶さんだった。
「夫のDVに悩んでいて……このままだと子供が殺されます。離婚したいんです」
幼児虐待……すぐに桜子の顔が浮かんで鳥肌が立った。今ここに桜子がいなくて良かった……。
「分かりました。詳しく話をお聞かせ下さい」
俺はテーブルの上で両手を組んで、話を聞く体勢を整えた。
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