仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

26、泣けばいいだろ (1)

「えっ……独立…ですか」

　父親の事務所でパートナー弁護士として働いてくれていた沼口さんから独立の意思を伝えられたのは、両親の四十九日法要が済んだ翌日の事だった。

「ああ、僕もそろそろ自分の力でやってみようと思ってね。それで……パラリーガルの金子さんも一緒に行くと言っていて……」

ーーそうか……泥舟からは早々に撤退という事か。

　当時俺は大手弁護士事務所で働いていたけれど、父の死を受けて、急遽『八神法律事務所』を引き継ぐことになった。
　元々父の事務所に入るつもりではいたけれど、それはまだ2～3年は先の話だと思っていたから、見切り発車もいいところだ。

　沼口さんの気持ちは分かる。こんな駆け出しの若造の下で働くなんてプライドが許さないだろうし、父亡きあとの事務所の先行きも怪しいものだ。
　こんな所に残って心中するよりも、とっとと見切りをつけた方が賢明だと判断するのは当然だ。

　沼口さんには俺が小さい時から可愛がってもらっていたし、家族ぐるみで付き合いがあったから残念ではあるけど……仕方がない。

「分かりました。今までどうもありがとうございました。新しい事務所の成功をお祈りしています」

　沼口さんが出て行ったのはそれからたった2週間後で、のちに、父さんが亡くなった直後から独立準備をしていたのだと分かった。
　うちの事務所のクライアントにも新しい名刺を配りまくっていたらしく、顧客の何人かは彼の新しい事務所へと流れて行った。


　身内が亡くなった後にやらなくてはいけない事は膨大で雑多で、俺は両親の死を悲しむ暇もなく連日走り回った。

　役場と銀行と税理士の元を何往復もして、加害者側の弁護士と交渉して……。

『本人には悪気が無かったんです。仕事で疲れていてついウトウトしてしまったんです。心から悔やんでいます。反省しています』

　俺が加害者側の代理人として交渉する時にもよく使うお約束のセリフ。
　それがこんなにも白々しく聞こえたのは初めてだった。

　俺は無神論者だけど、『目には目を、歯には歯を』の言葉には同意だと、この時ほど思ったことはない。
　法律に携わる仕事をしているのにこんな事を言うのが不謹慎なのは重々承知だ。
　だけど罪のない2人の命を奪った奴がおめおめと生き残っていることが許せない。

　一度に両親を失った俺や桜子は、感傷に浸る間も無く毎日アホみたいに沢山の手続きや雑務に追われている。
　役場や税務署に通い、加害者との交渉に追われ、似たような書類にサインして印鑑を押して……正直これでは仕事にならないし、日常生活にも支障を来たしているレベルだ。

　加害者が事故さえ起こさなければこんな苦労はしなくて済んだし、桜子だって泣くことはなかった。成人式だって家族でお祝い出来たんだ。
　絶対に許さない。
　金額の問題では無いけれど、俺は減額交渉には応じなかった。


　一番俺の頭を悩ませたのが相続税の問題だった。
　父親はそこそこ資産を持っていて、家や事務所の他にも、株やゴルフ場の会員権なんかも保有していたし、生命保険にも加入していた。そう言ったものまで遺産として計上され、俺と桜子に税金としてのしかかって来たのだ。
　こんなに忙しいのに、その合間に親の資産を整理して現金で相続税を支払うって、たった10ヶ月でどうしろって言うんだよ！

　いろいろ考えた挙句、事務所を担保に延納の申請をした。
　その間に家やゴルフ会員権を処分して現金化して税金にあて、親が残してくれた預貯金の多くは桜子に残す。今回の件で、土地や建物を残すよりも現金の方が管理が楽だと分かったから。
　俺は事務所と父さんの車があればいい。