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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
25、友人への告白
しおりを挟む成人式が終わるまで近くの喫茶店で時間を潰そうと、俺たち2人は車を走らせた。
ハンドルを握りながらチラリと隣の冬馬を盗み見ると、窓の外をぼんやり見つめて惚けた顔をしている。
どうせ桜子の艶やかな振袖姿を思い出しているんだろう……と思った。
それはそうだろう。実際一緒に振袖を選びに行って、どんな柄かも知っていた俺でさえ、髪を結って薄っすら化粧を施された姿を見た時には息を呑んだくらいだから。
冬馬の中では桜子の存在がどんどん大きくなっている。
それは同じ想いを抱える俺から見たら分かりやす過ぎるくらい丸わかりだった。
桜子は二十歳になった。もう大人だ。
コイツの中では一つの区切りがついて、そろそろ……と思っているに違いない。だって俺だってそう思っているから。
今は両親が亡くなったばかりで、事務所のことや相続の手続き、いろいろやるべき事があって動けない。
だけどそれが落ち着いたら……桜子の中に恋をする余裕が生まれたら……その余裕を埋めるのは自分でありたい……そう思ってるんだ。
それはきっと冬馬も……。
「おい冬馬、俺の妹、可愛いかっただろう」
「あっ……ああ」
俺が急に話し掛けると、冬馬は弾かれたようにこっちを向いて、目を泳がせた。
「あの中で桜子がダントツで綺麗だったよな」
「そうだな……お前が見立てたって言う振袖も似合ってた」
それきり車内に沈黙が訪れた。
俺はその沈黙がとてつもなく恐ろしかった。
このまま放っておいたら、冬馬は俺に重大な告白をしてくるような気がする。
いや、してくるに違いない。
だって見てみろよ、精悍な顔を更に引き締めて、言い出すタイミングを窺ってるじゃないか。
『桜子ちゃんのことが好きなんだ』
『告白しようと思っている』
そんな風に言われたら……俺は絶対に断れない。断る理由を見つけ出せない。
冬馬はカッコ良くて優秀でモテるのに俺の桜子に一途で……そして俺と一緒に桜子を見守り支え続けてきた。
警察の暗い廊下でも、両親の葬儀の時も、桜子を抱きしめ励ましたのはコイツだった。
ーーごめんな、冬馬。それでも俺は、桜子を誰にも渡したくないんだ……お前でさえも。
「あのさ……大志…」
「俺さ…… 桜子が可愛くて仕方ないんだよ」
俺は冬馬の言葉を遮るように大きな声を出した。
「おっ、 また出たな、 お前のシスコンが」
気概を削がれた冬馬が、ガッカリしたような、でも少しホッとしたように表情を崩してこちらを向いた。
「愛しくて愛しくて、 仕方がないんだ」
「ハハッ、 だから分かってるって…… 」
ーー冬馬、悪いな。俺は先制攻撃を仕掛けるよ。
「可愛すぎて、愛しくて……辛いんだ」
「えっ? 」
俺が声を低くしてそう告げると、冬馬は一瞬言葉の意味を探ってから、ハッと顔色を変えた。
さすが頭がいいな。すぐに言葉の真意を読み取ってくれる。
もうここまで言ったら隠す気は無い。むしろ全部ぶちまけてお前の戦意を喪失させるまでだ。
「冬馬…… 俺はな、 桜子を俺のものにしたいんだ」
「…… えっ?! お前、 何言って…… 」
「愛してるんだ…… 1人の女性として、 アイツを」
「大志、 お前…… 」
言葉を失っているアイツに向かって、俺は唇を歪ませ、 追い討ちをかける。
「驚いたか? …… 急にこんなことを聞かされたら、 そりゃあ驚くよな」
「…………。 」
「だけどさ、 お前にだけは知っておいて欲しかったんだ…… って言うか、 俺1人だけの胸に留めておくのが辛くて、 もう限界でさ…… 」
俺が桜子との出会いから今現在までの想いを一気に語り尽くすと、冬馬は茫然自失の体で顔色を失っていた。
「大志、お前の気持ちは分かったよ。だけど…… お前と桜子ちゃんは兄妹なんだぞ」
ーーそんな事は百も承知だよ!だけど俺と桜子には血の繋がりは無いんだよ!
民法734条は冬馬だって知っているはずだ。それでもわざわざこんなことを言うのは、コイツもそれだけ余裕が無いということなんだろう。
「いいんだ……理解してもらおうとか、応援して欲しいだなんて思っちゃいないから。ただ、親友であるお前にだけは言っておきたかっただけ」
話を打ち切るように『スッキリした~!』と殊更明るく言い放つと、冬馬は強張った表情で黙り込んだ。
口を固く引き結んで考えている横顔を見て、もしも今、冬馬が告白を強行したら……それでも自分だって彼女を愛しているんだと言われたら、どう言えばいいのかと考えて狼狽えた。
だってそこまで考えてはいなかったから。
だけど結局、冬馬はそれをしなかった。
コイツは優しくて漢気に溢れるやつだから、妹への想いを長年抱えている俺に自分の気持ちを告げるなんて出来なかったんだろう。
「そうか……分かった」
感情を抑えた声で一言そう言って窓の外を見た親友に、俺は負けたと思った。
ーーああ、俺の完敗だ。冬馬の器の大きさに比べて俺は……。
コイツの勇気の言葉を奪って先制攻撃で踏みにじった俺は、臆病者の卑怯者だ。
正々堂々と闘うよりも、相手の戦意を奪うことで必死に優位に立とうとしている。
桜子への抑えきれない想いと親友への懺悔の気持ち、そして対抗心に嫉妬。
ドロドロとしたものを腹の底に溜め込んで……。
結局俺たちは車から降りることは無く、会場の近くをぐるぐる走り回っただけで、迎えの時間になった。
帰りの車内では俺も冬馬も桜子を挟んで明るく笑っていたけれど、何処か白々しさが漂っていた。
だけど賽は投げられた。
俺はもう引く気はない。
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