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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
20、山崎さん事件 (3)
しおりを挟む『ねえ、日野くんが塩対応らしいんだけど』
京子さんからのメールに若干イラッとしながらも、俺は『あまりグイグイ行くなって言っただろ』と返事を送る。
先日のカフェテリアで冬馬とロースクールの話題で盛り上がった山崎さんは、情報交換という名目でメアドの交換に成功した。
嬉しくて仕方がないんだろうけど、たぶん早速メールを送りまくっているんじゃなかろうか。
それに対する冬馬の返事が素っ気なくて京子さんに愚痴ったんだろう。そして京子さんが俺に文句を言ってくるという……。
そんなの知るかよっ!って思ったけれど、協力すると言ったのは俺だし、それがひいては俺の心の安定のためにもなるので、グッと堪えて策を練る。
ーー山崎さんって大人しそうに見えたけど結構粘着質なのかな。いちいち京子さん経由で愚痴ってくるのもなぁ……。
桜子だったらこんな事は絶対にしない。『アドバイスをありがとう』ってメールが来たら、『どういたしまして』、『お役に立てて良かったです』くらいの控え目な返事だけで、あとは連絡したくても出来ずにジッと待ってるんだ……。
なんて考えたところで、自分の中で、冬馬のタイプ=桜子で固定されてきている事に愕然とする。
いやいやいやいや、まだ確定じゃないし。冬馬みたいなメガネ美人の塾講師を相手にしてたような百戦錬磨のモテ男がわざわざ中学生を狙いに行く必要ないし……。
ーーやっぱり山崎さんに頑張ってもらおう。
次の週末に、冬馬と買い物に行く事になった。
俺が家族のクリスマスプレゼントを買いに行くと言ったら、冬馬も行きたいと言い出したからだ。
当然それを利用しない手は無いから、山崎さんにも声を掛けて、3人で出掛けることになった。
頃合いを見計らって俺だけ抜ける作戦だ。
近くの大型ショッピングモールに集合して、アクセサリーや雑貨の店をウロウロしていると、不意に冬馬が「桜子ちゃんにコレはどうかな?」と聞いてきた。
手には真っ白いミトンの手袋。
「ああ、手袋か……それもいいけど、俺は財布を贈ろうかと思ってて……」
「違う、俺からのプレゼントにどうかって、兄のお前に相談してるんだ」
「……えっ?」
途端に脳内で『ガーン!』てフライパンを叩いたみたいな音がして、思わず一歩後ろにフラついた。
「お前が……桜子に? そんなの別にいいって!お前いつも長靴みたいなのに入ったお菓子の詰め合わせを持ってきてたじゃん。今年もそれでいいって!」
我が家では桜子たちが家族になって以来、毎年クリスマスは家族でお祝いしていて、冬馬も大学1年のクリスマスから招待している。
コイツは2年連続で桜子に赤い長靴入りのお菓子を持って来ていたから、今年もそうするものだと思っていたんだけど……。
「だけど、女子中学生へのプレゼントにお菓子は無いな……と思ってさ。ねえ山崎さん、女の子ってミトンと5本指のとどっちが好きなの?」
ーーおいおい、自分に惚れてる女に他の女への贈り物の相談かよ。そして山崎さんも相談されて喜んでるし。
胸がザワザワする。黒いものが体の奥底から這い上がってきて、全身を飲み込んでいくような感覚。
ーーヤバい……俺は今、コイツにプレゼントを買って欲しくないって思ってる。
兄として、『おお、妹が喜ぶよ。ありがとな』って言うべきところなんだろうけど……そんな事されたら絶対に桜子が喜ぶに決まってる。
俺が贈るプレゼント以上に大喜びするのが目に浮かぶ。そんなの絶対に嫌だ。
その時、俺のスマホが鳴って、思考の淵から現実に引き戻された。
「えっ、桜子?」
慌てて電話に出ると、桜子が、今どこにいるのだと聞いてくる。
「母さんたちへのクリスマスプレゼントを選んでたんだ。お前も意見があったら言っとけよ」
親へのクリスマスプレゼントは毎年俺が買っていて、桜子からは年齢に応じて百円とか五百円とかだけ貰って、2人からの合同プレゼントという体で渡している。
『えっ、1人で選んでるの? 今年は私も一緒に選びたかったな……』
ーー2人でショッピングか……悪くない。ついでに人気のスイーツを食べに行ってもいいな……。
「……それじゃ、一緒に選ぶ?」
『えっ、今から? いいの?』
「ちょっと待て、お前だけで電車は危険だ。俺が一旦帰るから、それから一緒に出掛けよう」
『それじゃ時間が勿体ないよ。昼間だし、1人で行ける。大丈夫』
「絶対に駄目だ!家で待ってろ!絶対だぞ!」
電話を切ると、冬馬と山崎さんが何事かという目で見ている。
「あ~……あのさ、俺は妹と買い物に行くことにしたんで、ここで抜けるわ」
「えっ、桜子ちゃん?」
前のめりで聞いてきた冬馬に若干の優越感を感じながら、困ったような顔をして答える。
「そう。アイツ電車で来るって言うけど危険だから迎えに行く。たぶんここには戻らず近場の店に行くと思うから、お前たちとは別行動ってことで。じゃあな!」
良かった。ナチュラルに別行動になれた。
これで当初の予定通りに冬馬と山崎さんを2人きりに出来るし、俺は桜子とお買い物デートだ。ラッキー。
桜子を待たせていると思うと心が逸る。
駆け足でエレベーターに飛び込むと、扉が閉まる直前に……えっ、冬馬?!
冬馬は閉じかけのドアに身体を突っ込んで無理矢理入ってくると、手早く『閉』ボタンを押した。
「おいっ、冬馬!お前何してるんだよ!」
「……買い物に行くんだろ? 俺も一緒に行く」
「馬鹿野郎!山崎さんを置き去りにしてんじゃねえよ!戻れ!」
「彼女には冬馬と一緒に行くって言ってきた。別に買い物くらい1人で出来るだろ。桜子ちゃんが1人で来るって言ってた方が大問題だ」
「だから俺が行くから……」
「いや、俺も行く」
その表情はもう揺るぎない感じで、絶対について行くって決意が漲っていて……。
俺はまた気付いてしまった。慎重派で控え目なはずの冬馬は、桜子に関する事だけは大胆で強引になるんだって事を……。
黒いドロドロしたものが、俺の中で沈殿していくのが分かった。
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