仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

4、俺が守るべき存在

　
　桜子が今だ暴力に関するトラウマを持っていると知り、俺の桜子への接し方はそれまでよりも少し慎重になった。
　と言うか、そういう人種に初めて遭遇した衝撃と、自分の行動でそれを引き起こしてしまったというショック。そして、目の前で怯えていた桜子の姿が目に焼き付いて、正直なところビビってたんだと思う。

　あの頃の俺は桜子への関わり方を模索中で、ついでに言えば迷走中だった。俺の中では黒歴史とも言える。
　表面上は普通に接しながらも、明らかに話し掛ける頻度は減っていたし、ぎこちなくなっていた。


　ある日の週末、両親が知人宅のパーティーに行くことになり、家には俺と桜子だけが残されることになった。
　なんとなく気詰まりに思った俺は、午後から学校の友人を5人程招待して、家で勉強会兼、息抜きのゲーム大会を催す事にした。

　ソファーの所定の位置に座っていた桜子は、俺の友人たちがドヤドヤと上がって来ると、黙って2階に上がって行った。
　追い出すような形になって、ちょっと可哀想な事をしたかな……とは思ったけれど、知らない人と一緒にいても桜子だって気詰まりだろうと自分に都合よく解釈して、リビングとダイニングを占領して過ごした。

　夕食時間に俺に呼ばれ下に降りて来た桜子は、ダイニングテーブルを囲んでいる俺の友人たちを見て一瞬固まった。
　母親が鍋いっぱいに作り置きしておいてくれたカレーを皆で食べていたのだけれど、俺に呼ばれて隣に座った桜子は、明らかに表情を暗くして戸惑っている。

ーーちょっとマズかったかな。

　食事が終わったら友達には帰ってもらおう……そんなふうに思っていた時、

「妹さん、可愛いね。いくつ？」

　桜子に気を遣ったのか単純に興味があったのかは分からない。
　けど、桜子の向かい側に座っていた1人がそう話し掛けたことで、全員の注目が彼女に集まってしまった。

「うん、可愛いよな」
「妹さん、大志はいいお兄ちゃんしてる？」
「大志は優しい？」

　桜子の顔は徐々に俯いていき、目線がテーブルに固定される。

「妹さん、髪の毛ツルツルだね」
　　
　隣にいた井口の手が髪に触れた瞬間、桜子がバッと両手で頭を隠し、誰かが「おい、井口、嫌われてるじゃん！」とからかったタイミングでドッと大きな笑いが起こる。

ーーヤバい！

　そう思った時には遅かった。
　桜子が肩を震わせ「ヒック……」としゃくり上げたと思った次の瞬間、

「うわ～～～っ！」

　桜子が声を上げて泣き出した。

　ほぼほぼ絶叫と言っていいような激しい泣き声に、皆が唖然とし、空気が凍る。

「桜子ちゃん！……お前ら全員帰れ！ 今すぐ帰ってくれ！」

　俺は咄嗟に桜子を抱き締めて、大声で叫び出していた。

　今思うと、俺の叫び声が余計に桜子をビビらせていたわけだけれども……その時の俺は、とにかく桜子を守らねばと必死で、友人たちを追い出した後はひたすら桜子を抱きしめ、背中を撫で、「ごめん」と「大丈夫」を繰り返し呟いていた。

「桜子ちゃん、ごめんな。もう大丈夫だから、誰にも触らせないから……桜子には俺がいるからな。桜子は俺が絶対に守ってやるからな。……本当に……本当にごめん……」

　この日から『桜子ちゃん』は『桜子』になって、俺の中で優先順位1位の守るべき存在になった。