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8、蓮根の挟み揚げの話 (3) side冬馬

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「……だから私の中では、揚げ物イコール失恋と大失敗の思い出なんです」

 揚げ上がった挟み揚げをお皿に移しながら、桜子が照れ臭そうに肩を竦める。

ーー嘘だろ……。

 水口さんの歓迎会って、一体何年前だよ。
 八神の御両親が亡くなって、大志が事務所を引き継いで……水口さんが入ってくれたのは半年後くらいだったか?

「3年……!」
「えっ?」

 俺の大声に、桜子が揚げ上がった挟み揚げを皿にボトッと落とした。

「あっ、悪い、ごめん。……それじゃ桜子は、3年近くも俺と水口さんの仲を疑って?!」
「まあ……そういう事になりますね」

「一言聞いてくれさえすればっ!」
「そんなの聞けないですよ。誰がすき好んで自分の傷口に塩を塗りつけるもんですか」

ーーそれにしたって……。

「なあ、俺ってそんなに水口さんと親しげに見えてたか?」

「う~ん……今となっては何とも……。今はそうじゃないって分かっているから、2人で出張だろうがミーティングだろうが、ただの同僚の付き合いの範疇だって思えるんですけど……」

 付き合っていると思い込んでる時には、何をしていても、どんな些細な会話でも、全てが意味深に映っていたのだという。

「ほら、歓迎会の日は、一緒に来て一緒に帰って行ったでしょう? たったそれだけの事でも、『ああ、やっぱり』って思っちゃうもんなんですよ」

「あれは……」

 大志にそうなるように誘導されたんだと言おうとして、口を噤んだ。
 今ここにいない人間のせいにするのは男らしくないし、桜子の中の大志像を壊したくもない。

 でも、せめて……。

「あの日……歓迎会がお流れになった後、俺と水口さんは駅で別れたよ」

「えっ、そうだったんですか? 私はてっきり……」
「2人で夜の街に消えたとでも?」

「えっ?!……はい、まあ……そうですね」

 申し訳なさそうにチラッと上目遣いで見上げられて、『ああ、やはり……』と溜息をつく。

「水口さんに息子さんがいるのは知ってるだろう?」
「はい」

「水口さんの息子さんは昼間は託児所に預けられてるんだ。それで、夜はなるべく子供と食事を取りたいからって、仕事の付き合いの飲み会とか夜の外出を控えてて……」

「それじゃあ……歓迎会は迷惑だったんじゃないですか?」

「いや、彼女は桜子と話せるのを楽しみにしてたんだ。隠し事があるにせよ、虐待を乗り越えたもの同志、共感出来る部分があると思ったんじゃないかな。あの日は歓迎会がお流れになって、息子さんのところに飛んで帰って行ったよ」

「そうだったんですね……お兄ちゃんの勘違いを信じ切ってたせいで、長い間、彼女のことが苦手だと思ってたんですよ。今はお姉さんみたいに慕ってますけど」

「ははは……大志め…… 」

 桜子の言葉に曖昧に笑いながら、これでとりあえず1つは誤解を解くことが出来たのかな……と胸を撫で下ろす。

 それにしても……

ーーくそっ!大志め……。

 全く油断ならない。

 俺の生涯のライバルは、 俺の知らないところでとんでもない妨害工作をしてくれていたもんだ。

 ちょっと待てよ……
 と言うことは、俺が知らないだけで、他にもまだ、大志が仕込んだ地雷があちこちに埋まってるんじゃないのか?

 冗談じゃないぞ。何処にどんな種類の地雷が埋まっているか分からないって、とんでもなく恐怖なんだが……。


「……桜子」
「はい?」

「誓って言う。俺は桜子一筋だ」
「………はい」

「俺のタイプは桜子だし、浮気もしないし、女遊びもしない」
「………?はい…」

「あとは……なんだろうな…。あっ、そうだ! ゲイでもないし女装癖もない。ブラジャーとか着けたことも無いぞ、本当だからな!」

「ふふっ……今日の冬馬さん、面白い。どうしちゃったんですか?」

「どうした……って……」

 目の前で屈託のない笑顔を浮かべている彼女を見ていたら、狼狽えている自分が馬鹿らしくなった。

「……そうだな、要は俺は君に夢中で、君が大好きで……君が作った蓮根の挟み揚げも大好きなんだ……って事だ」

「ありがとうございます。私も冬馬さんが大好きですよ。あっ、揚げ物は揚げたてをいただかないと!冬馬さん、運んでくれますか?」

「ああ、勿論!……楽しみだな」
「はい」

 顔を見合わせて、微笑みあって、一緒に料理をテーブルに運ぶ。
 こんな普通の日常を、普通のありふれた夫婦として君と過ごせるのが、ただただ嬉しいんだ。

 唯一不満があるとすれば、名前を呼び捨てにしてくれるのが今だにベッドの中だけで、敬語もそろそろやめてくれないかな……なんて思っているんだけれど……。

 だけど、夫婦の時間はたっぷりあるんだ。
まだ暫くは、夜だけ大胆になってくれる桜子を堪能していてもいいかな……なんて思ったりもしていて……

「冬馬さん?」

「えっ? ああ、ごめん、ぼ~っとしてた。……桜子」
「はい?」

「蓮根の挟み揚げ、楽しみだな。それから……愛してる」

 桜子は暫くキョトンとしたあとで、花が綻ぶようにふんわり微笑んで……

「……うん、私も愛してる……冬馬」


 うん、本当に楽しみだ。



Fin


 *・゜゚・*:.。..。.:*・'*:.。. .。.:*・゜゚・**・゜゚・*:.

 これにて『蓮根の挟み揚げの話』は終了です。

 次からはいよいよside大志編。お兄ちゃん本人によって苦悩の日々が語られます。
 大志の醜い面や狡さ弱さが前面に出てますし、妄想ではありますが、桜子とイたすシーン、自慰シーンもありますので、妄想であっても桜子の冬馬以外とのシーンは見たくないとか、大志の良いお兄ちゃんイメージを壊したくないという方はお気を付け下さい。
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