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7、蓮根の挟み揚げの話 (2)
しおりを挟む「お兄ちゃん、お帰りなさい。冬馬さんと水口さんは?」
「ああ、後から2人揃って一緒に来るってさ。……準備はどう? 俺は何をすればいい?」
「えっと……それじゃあテーブルを拭いて、取り皿とお箸をセットしてくれる? あっ、ワイングラスも」
「了解!」
ーー2人一緒に……って、家が近いのかな。
モヤッとしたものを感じながら、まずは目の前の料理に集中することにした。
今は午後6時半過ぎ。会のスタートにはあと30分しか無い。
水口さんの歓迎会を私達のアパートでやろうと言い出したのは兄だった。
3人の仕事が終わる時間がバラバラだし、店で待ち合わせにすると誰かが長く待ってなきゃいけなくなる。家だったら時間を気にしなくていいし、仕事の話も気兼ねなくできる。
と言うのが理由だった。
『それにさ、桜子もお手伝いに来てた時に少し話しただけだろ? 水口さんをちゃんと紹介しておきたいから、お前もいた方がいいんだよ』
なんとなく彼女には苦手意識を持っていたけれど、兄の大切な同僚の歓迎会だ。私で役に立てるのなら、協力しようと思った。
ーーそれに……家に来てもらえれば、久し振りに冬馬さんにも会えるし。
事務所のお手伝いに行かなくなって、冬馬さんに会える機会がぐんと減ってしまっている。
だから今回は腕を振るって、彼が家に来ていた時の好物を沢山用意しよう……と決めたのだ。
午後7時を10分ほど過ぎて冬馬さんと水口さんが到着した。やはり揃って現れて、一緒に買ってきたというケーキの入った箱を持っていた。
美男美女でお似合い過ぎて胸が痛む。
私がキッチンで揚げ物をしていると、水口さんが隣に来て手元を覗き込んだ。
「まあ、蓮根の挟み揚げ?こんな家庭料理を作れるなんて、若い子にしては珍しいわね」
「亡くなった母の得意料理だったんです。兄と冬馬さんも大好きで……
「そうなんだ。私も手伝うわ。これに衣をつければいいのよね」
「そんな、お客様なんだから座ってて下さい」
「いいの、いいの。こう見えて料理は得意なのよ」
ーー美人で頭が良くて料理も出来るって……完璧すぎる!
袖捲りをして手を洗い始める彼女を見て、なんだか卑屈になっている自分がいた。
水口さんが具材に衣をつけ、私が揚げる……という作業を繰り返していると、今度は冬馬さんが顔を出した。
「桜子ちゃん、何か手伝おうか?」
「あっ、冬馬さん。すいません、準備が遅くて……」
「全然大丈夫だよ。それより今日は家に押し掛けちゃって悪かったね。準備が大変だっただろう?」
「いえ、私も歓迎会に加えていただいてありがとうございます」
「日野先生、手伝う気持ちがあるんでしたら、まずはカッターシャツの袖を捲って、手を洗ってからにして下さいね」
「ああ、そうか」
「あっ、ちょっと待って下さい」
水口さんが粉だらけの手を水道で洗うと、
「先生、腕を出して」
そう言って、冬馬さんのシャツの袖を丁寧に捲る。
「これくらい上の方までしっかり捲り上げないと、すぐに落ちてきちゃって意味がないですからね……はい、出来ました」
ポンと腕を叩いて彼女が微笑む。
仲良さげな姿をぼんやり眺めていたら……
「あっ、桜子さん、焦げてる!」
「えっ?……あっ!」
大失敗だ。揚げ物をしている時は絶対に目を離しちゃいけないのに。
油が高音になり過ぎてグツグツ煮立ってるし、鍋の中の挟み揚げが黒に近い焦げ茶色になっている。
早く取り出さねばと焦った拍子に、鍋から持ち上げた挟み揚げが高い位置からポチャンと油に落ちた。
パシャッと大量の油が跳ね上がる。
「「きゃあっ!」」
鍋のそばにいた女2人に油がかかり、2人同時に悲鳴をあげた。
「桜子ちゃん!」
「桜子!」
冬馬さんが駆け寄り覗き込んだところで、兄の大志も悲鳴を聞きつけキッチンに飛び込んで来た。
兄は冬馬さんを押し除けて私の前にしゃがみ込むと、
「……油がかかったのは足だけ?他は?……ソックスは脱ぐなよ、皮が捲れる。まずは風呂場で冷やそう」
そして後ろの水口さんを振り返り、
「水口さんは? ……そう、それなら良かった。少し飛んだ程度でも痕になるかも知れないから、一応氷で冷やしておいて欲しい」
最後に冬馬さんを見上げ、
「冬馬は水口さんを頼む。氷は冷凍庫。氷嚢はそこの右下の扉の中」
次々と指示を出すと、私を浴室に連れて行った。
私を浴槽のふちに座らせ、洗面器に水を張ると氷を加え、そこに左足を浸す。
「冷たいけど足は入れっぱなしな。いいって言うまで絶対に出すなよ!」
そう言い残して一旦出て行き、暫くすると戻ってきて、洗面器の前にしゃがみ込む。
「2人は……今日はもう帰るって。これから2人だけでどこかで飲み直すんじゃないかな」
「そう……2人で……」
「そう、2人で」
「ごめんなさい。私のせいでせっかくの歓迎会が台無しになっちゃった」
「……桜子のせいじゃないよ。料理をしてた桜子に話し掛ける方が悪い。桜子は揚げ物をしてたんだから、周りが気を使うべきだ。お前は絶対に悪くないからな!」
水に浸きそうになっていたスカートの裾を膝まで捲ってから、チャプン……と氷水に手を差し入れて、私の足首のあたりに触れた。
「足の甲か……痕にならないといいけどな」
「手とか顔と違って目立たないから、ちょっとくらい痕になっても大丈夫だよ」
「……心配するな。もしも痕が残ったら、兄ちゃんが嫁に貰ってやる」
私を安心させるためだろう。ニカッと笑って冗談を言い、場を和ませてくれた。
「ああ、そう言えば……」
兄が立ち上がり、私の隣に腰を下ろすと、おもむろにこう切り出した。
「気付いた? アイツら付き合ってるっぽいな」
「えっ?! 」
ーー付き合ってる? アイツら……って……。
そんなの決まってる、 登場人物は冬馬さんと水口さんしかいないじゃないか。
「それって…… 冬馬さんと水口さん? 本当に付き合ってるの? 」
「多分な。 俺にはハッキリ言わないけどさ、 事務所にいるときもいい雰囲気だし、 たまにアイコンタクトしてたり、 給湯室に一緒に籠ってたりするんだよ。 それにさ、 元々冬馬は大人っぽい年上の女性が好みだから、 タイプ的に彼女はドンピシャなんだよな~ 」
ーー 年上の大人っぽい女性……。
それじゃあまるっきり私と正反対じゃないか。
「へぇ~、 そ、 そうなんだ~ 」
「ああ、 昔付き合ってた彼女も法学部の先輩だったし、 アイツ、 好みが分かりやすいんだよ」
「ふ~ん……そっか~」
ーー そうなのか……。
長年に渡る私の初恋は、 その瞬間にパチンと弾けて、 空に昇る前に消えていった。
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