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2、夏の思い出 (1)

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 目の前で白い閃光が走り、思わず目蓋を閉じた。
 それでもまだ目蓋の裏側に強い光を感じ、眩しさにクラクラする。


 眉間をギュッと指で押さえて俯く。
 しばらく肩で荒い息を繰り返していると、徐々に楽になって来た。

 ゆっくり目を開けたそこには……懐かしい景色と、高校の制服を着た自分がいた。


ーーこれは……夢なのか?


『君たちって付き合ってるの?』
『いえ、俺たちは……』
『だったら俺が彼女にモデルを頼んでも構わないよね?』


ーー違う、これは夢なんかじゃない。俺の記憶そのものだ。

 だってこの後に起こることを俺は知っている。

 だとしたら、このあと俺は……。

ーー駄目だ! 断れ! 彼女は俺のだって、モデルなんてさせないって言うんだ! そうじゃないと……。


 必死に叫ぶ俺を無視して、高校生の俺が口を開いた。

『別にいいんじゃないですか? 俺の許可なんて必要ないですよ』



 3階建ての白い校舎。
 校庭に流れるアップテンポな洋楽。
 カーテンを揺らすそよ風に乗って、ダンス部員たちの楽しそうな笑い声が聞こえて来た。

 そう、これは……高校1年生の夏の記憶だ。




 
ーーおっ、頑張ってるな。

 俺が所属している写真部の部室は校庭に面していて、いつも座る窓際の席からは、運動系の部活の練習風景が見渡せる。

 グラウンドの片隅で、ダンス部員が2つのグループに分かれて振り付けの練習をしているのが見えた。

 2つのグループの上手い方……レギュラーチームの輪の中に、俺の幼馴染……森口彩乃もりぐちあやのの姿があった。

 女子にしてはやや高めの身長に、スラリとした長い手足。ピョンピョン揺れるポニーテール。

 ダンス部は総勢70名程いるらしいが、俺はいつでもアイツをすぐに見つけることが出来る。
 伊達に15年間も幼馴染みをしている訳じゃないのだ。

 見慣れた姿を目で追っていると、それに気付いた彩乃がパアッと明るい笑顔を見せて、小さく手を振って来た。

 俺が「よっ」と片手を上げると、彩乃は口をパクパク動かしながら、俺のいる場所を指差してくる。

『そこで待っててね』と言っているんだろう。
 いつもの事だからわざわざ言わなくたっていいのに。

『おう!』

 軽く頷いて見せると、彩乃は安心したように、ダンスの練習を再開した。



 俺と彩乃は家が隣同士の同級生。
 親同士も仲が良かったことから、物心がつく前から一緒に過ごしてきた。

 彩乃はクリッとした大きな瞳で可愛らしい顔をしていたし、明るくて社交的だったから昔から人気者だったけれど、高校に入学してからはアイドル並みの騒がれ方をするようになった。


 俺たちは学校でクラスは違うものの登下校が一緒だし、彩乃が何かと俺にくっついてくるから、付き合ってるんじゃないかって聞かれたことは一度や二度じゃない。

 その度に俺たちは口を揃えてこう答えるのだ。

『ただの幼馴染だよ』



 写真部の活動日は月曜日と水曜日の週2回。
 それぞれが撮って来た写真を見せ合って評価するのがメインだけど、部活以外の日でも暗室を使ったり部員は自由に出入りしているから、俺はいつもこの場所でこうして外を見たり、宿題をしたりして時間を潰すことにしている。

 うちの高校のダンス部はコンクールで入賞したりテレビで取り上げられたりと本格的に活動しているので、練習は毎日あるし、帰りも遅くなる。

 外が暗くなっていて危険なので、俺が彩乃の部活が終わるのを待って、一緒に帰るのが習慣になっていた。



「森口さん、綺麗だよね」

 不意に後ろから声がして、ビクッと肩を跳ねさせた。
 振り向くとそこには3年生の成瀬駿なるせしゅん先輩が立っていて、俺と同じように窓から外を見下ろしていた。

 成瀬先輩は写真部の部長で、眉目秀麗、成績優秀な学校の王子様的存在だ。

 先輩は俺と目が合うと柔らかく微笑んで、隣の席に座って来た。


「君たちって付き合ってるの?」
「えっ?」

「森口さん……いつも一緒に帰ってるよね。木崎きざき君の彼女なのかな」

 ドラマや小説に出て来そうなお約束のセリフ。なんだか嫌な予感がする。

「いえ、俺たちは……」

 もう何度も繰り返し吐いてきたその台詞を口にするのに、一瞬躊躇した。


 俺たちは……俺たちは、お隣さんで幼馴染で腐れ縁で同級生で……小さい頃に結婚の約束をしていて……。

 はっ、あんなのは子供の頃の他愛もないやり取りだ。
 お互いまだ結婚の意味だって分かっていなかった。

 アイツだってどうせ忘れてるはずだ。
 俺はちゃんと覚えてるけどな。
 
 ちゃんと……覚えてて……。
 うん、俺は覚えてるんだ。ずっとずっと、そうなればいいな……って。

 だけどそんなの、何の拘束力も持っちゃいない。
 だから俺たちは……。


「俺たちは……ただの幼馴染です」
「だったら俺が彼女にモデルを頼んでも構わないよね?」





ーー駄目だ! その台詞を言っちゃ駄目なんだ!

 目の前で先輩と向かい合っている過去の俺へと必死に叫ぶ。

 だけどその声は俺に届かなくて……。


「別にいいんじゃないですか? 俺の許可なんて必要ないですよ」


 パシャッ!

 またもや白い閃光。
 カメラのフラッシュだ。

 窓の外から流れる洋楽を遠くに聴きながら目を閉じると、次の瞬間には景色が変わっていた。

 ああ、これは……そう、帰りの電車だ。
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