89 / 100
89、 勝利の女神
しおりを挟む「チクショー、 めちゃくちゃ痛ってぇ~」
俺は面の内側で小さく呟いた。
先制攻撃は最初から考えていた。
『イケそうなら開始直後に打ちかます』
それが見事に功を奏して、 試合開始後ほんの5秒で1本目を先取することが出来た。
『2本取ったら勝ち』の剣道において、 最初の1本の重みはとても大きい。
相手の恩田選手には相当なプレッシャーになっているはずだ。
だが、 問題はここからだ。
今のは立ち上がり直後の隙をついた遭遇戦のようなものだ。
これで相手は警戒を強めるから容易くは打たせてもらえないだろうし、 死に物狂いで1本を取り返しに来るだろう。
それに…… 今の衝撃で、 左足の痛みがさらに悪化した。
靭帯か軟骨を損傷しているのかも知れない。
少し動かすだけでも、 叫び出しそうになるくらいの激痛が走る。
ーー さあ、 ここからどうするか……。
こっちは既に1本取ってるんだ、 このまま時間稼ぎをして一本勝ちという手だってある。
ーー いや、 駄目だ!
やっぱりこんなのは俺らしくない。
そんなんじゃ勝ってもハナに自慢できない。
あれこれ策を弄せず、 俺らしい、 いつもの攻めの剣道をやるのみ……だ。
そう決意して試合に挑んだはいいものの、 やはり思うように動けず、 防戦一方になってきた。
鍔迫り合いで面越しに睨み合い、 お互いに頷いて距離を置こうと退がる途中で、 パシッと竹刀を叩き落とされ反則を取られた。
ーーくっそ…… やられた!
別れ際の竹刀落としか…… 。
恩田選手はこんな戦い方はしないと思っていたけれど…… そう思い込んでいた俺の油断がいけないんだな。
気持ちを引き締め、 次は相手の攻撃を躱し、 下がりながら引き面を仕掛ける。
ズキン!
ーー 痛っ……!
いつもの調子で下がろうとしたら、 左足が邪魔をした。
恩田選手に勢いよく押され、 俺はあっけなく場外へ……。
ーー くっそ……!
痛い、 苦しい、 辛い……。
ここに来ての同点は、 精神的にも肉体的にもかなりのダメージだ。
3分ってこんなに長かったっけ?
全身の汗が半端ないんだけど。
額を伝う汗が、 目にしみる。
足がズキンズキンするし、 左足を庇うせいで、 右足の筋肉まで吊ってきた。
ーー シンドいな……。
そう思っていた刹那、 天から声が降ってきた。
「コタロー! 立って! 」
ーーえっ?!
「コタロー、 立って戦って! 」
ーー ハナ…… なんだよお前、 目立つのが嫌いなんじゃなかったのかよ。
なに1人だけ立ち上がって叫んでんだよ。
めちゃくちゃ注目浴びてるぞ。
お前バカじゃないの?
こんなの…… 嬉しすぎるだろっ!
「コタロー、 まだ試合は終わってないよ! コタローはまだ頑張れる! 勇往邁進! 」
弱りきった心にストレートに刺さる、 励ましの言葉。
それは 俺が今、 一番言って欲しかった、 何よりの激励だ。
そうだよな、 まだ俺の試合は終わってない。
俺が諦めない限り…… まだ勝利への道は閉ざされていないんだよな。
ハナの声を皮切りに、 会場中が声援で包まれる。
だけど俺には、 勝利の女神の声だけが、 ハッキリ耳に届いてきた。
「コタロー、 これからカッコイイとこ見せてくれるんでしょ! 私はちゃんと最後まで見てるよ! 」
なんだよハナ、 今日のお前はカッコ良すぎるだろ。
俺だって負けてらんないじゃん。
お前がそんなコト言うなら…… カッコいい俺を見せないわけにいかないだろう?!
目をしっかり見開いて、 最後まで俺の勇姿を見ていろよ!
俺はゆっくり立ち上がり、 首をグルリと回してから、 2階最前列のハナを見た。
俺の視線の先にいるのは、 全身で俺を応援してくれている最愛の彼女。
チョコレート色のシュシュをつけた、 勝利の女神。
「ハハッ…… 俺の女神、 くっそカワイイわ。 こんなの負ける気がしねぇな」
大丈夫、 こんな強がりが言えるうちは、 俺にはまだ余裕があるってことだ。
延長戦ということは、 お互い一からの仕切り直し。
疲れてるのは相手だって同じなんだ……。
「ハナ…… 見てろよ」
俺はニヤッと口角を上げると、 いざ決戦の舞台へと、 ゆっくり足を踏み出した。
1
お気に入りに追加
387
あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

本格RPGの世界に転生しました。艱難辛苦の冒険なんてお断りです!
九重
恋愛
読書とビーズアクセサリー作りが趣味の聖奈は、大好きなファンタジーゲームの世界に転生した。
しかし、このゲームは本格的なRPG。ヒロインに待っているのは、波瀾万丈、艱難辛苦を乗り越える冒険の旅だった。
「そんな旅、全力でお断りや!」
これは、聖奈が、将来敵になる魔獣の子を拾って育てたり、同じくラスボスになる王子様と仲良くなったり、妖精騎士(フェアリーナイト)を従えたり、自分自身の魔法の腕をとことん磨いてチートになったりするお話。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。
喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。
学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。
しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。
挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。
パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。
そうしてついに恐れていた事態が起きた。
レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。
伝える前に振られてしまった私の恋
喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
第二部:ジュディスの恋
王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。
周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。
「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」
誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。
第三章:王太子の想い
友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。
ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。
すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。
コベット国のふたりの王子たちの恋模様

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる