85 / 100
85、 最高の彼氏をくれてやる
しおりを挟む「ハナ、 テーピングだ! 来い! 」
そう言われて、 私は咄嗟に色葉先輩の方を見た。
いや、 見てしまった。
私と目が合うと、 色葉先輩の睫毛が伏せられ瞳が揺れた。
ーー ああ、 コタローが言ってたのはこういう事なんだ……。
恋をして生まれる感情は、 何もトキメキや嫉妬だけではない。
誰かと同じ人を好きになり、 自分が選ばれても選ばれなくても、 こんなにも心が痛み、 苦しくなるものなんだ。
自分のせいで誰かが傷つくのを、 誰かが泣くということを知りながら、 それでも前に進むのは勇気がいる事だ。
でも、 だからと言って諦めてしまえるくらいなら、 それは本気の恋じゃない。
恋をするっていうのは綺麗事だけで済まないことだってある。
誰かの苦い気持ちや流した涙を受け止めて、 それでもその先に進むという覚悟がなくちゃ、 頷いちゃいけないんだ。
だから私は……
「ハナ! テーピング! 」
「うん、 今すぐ行く! 」
私は見上げてくるコタローに向かって、 力強く頷いた。
色葉先輩の表情がグニャッと崩れたような気がしたけれど…… 私は振り返らずに、 1階へと続く階段を駆け下りていった。
------------
「病院に行く? 」
会場の隅で、 壁際に座らせてから聞くと、 コタローは顔をしかめて忌々しげに、 自分の足を見た。
「…… 冗談だろ、 ここまで来て誰が退場するかよ」
コタローの左足は、 既に甲の部分が紫色に腫れ始めていて、 捻挫か骨折しているのは明らかな状態だった。
「そう言うと思った。 とりあえず、 決勝戦ギリギリまで冷やしておくね」
まずは伸ばした左足の下に丸めたバスタオルを差し込み、 それから横に置いていたバニティケースを近くに引き寄せると、 コタローは、「ん? 何それ、 化粧すんの? 」と、不審そうに見てくる。
「違うよ、 これは救急箱代わり」
私が留め具をパチッと外して蓋を開けて見せると、 そこにはハサミやピンセット、 カットバンや包帯、 爪をコーティングする透明マニキュアなどが綺麗に並んでいる。
「お前、 これ…… 」
私は瞬間冷却パックをパンッ! と拳で叩いて使用可能な状態にすると、 ハンカチを被せたコタローの左足に乗せた。
「……っ、 冷たっ!…… お前コレ、 何なんだよ」
「何って、 アイシングに決まってるじゃん。 捻挫した時の基本でしょ」
「いや、 そうじゃなくって…… 」
「ああ、 この箱? ホームセンターに救急箱を見に行ったんだけどさ、 普通の救急箱っていろんな薬を入れる用に出来てて、 仕切りが細かいじゃない? 私が欲しいのは剣道でケガをした時に特化したのだから、 何か違うなぁ~って思って。 そしたら化粧品コーナーでコレを見つけて、 コレだ!って思ってさ。 ピンクでカワイイし、 いいでしょ? 」
私がバニティケースを持ち上げて自慢げに見せると、 コタローは、「違う…… 」と首を横に振る。
「えっ? 」
「違うよ …… どうしてお前がこんなの持って来てんだって聞いてんの」
「そりゃあ…… コタローの足を、 他の女の子に触らせるわけには行かないでしょ。 言わせるな、 バカ! 」
「ハハッ、 そうだな…… 」
コタローは片手で目を覆って天井を仰いだ。
「この中身とか、 他にもいろいろ揃えるためにさ、 来月分のお小遣いを前借りしたんだからね! おかげで漫画の新刊が買えないっつーの! 」
「ハハッ、 俺が買ってやるよ」
「マジ?! 」
「うん、 マジ。 試合が終わったらチョコレートパフェも奢ってやる」
「やった! 」
「シュシュも…… また一緒に新しいのを買いに行こうな」
コタローは体を起こし、 私のポニーテールを手で玩びながら言う。
「うん、 やっぱこの色で正解だったな。 チョコレート色が似合ってる」
「…… だよね~ 」
「お前が欲しいモンは何でもやるよ。 チョコだって漫画だってシュシュだって、『美味しん坊将軍』のサイン色紙だって…… 最高の彼氏だってくれてやる」
「うん…… そっか…… やったー…」
「うん、 そうだ。 喜んどけ」
私は顔を上げることが出来なくて、 首まで真っ赤にして俯いたまま、 バニティケースを開け、 冷却スプレーと茶色いテープを取り出した。
0
お気に入りに追加
384
あなたにおすすめの小説
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
もう彼女でいいじゃないですか
キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。
常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。
幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。
だからわたしは行動する。
わたしから婚約者を自由にするために。
わたしが自由を手にするために。
残酷な表現はありませんが、
性的なワードが幾つが出てきます。
苦手な方は回れ右をお願いします。
小説家になろうさんの方では
ifストーリーを投稿しております。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる