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85、 最高の彼氏をくれてやる

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「ハナ、 テーピングだ! 来い! 」

 そう言われて、 私は咄嗟とっさ色葉いろは先輩の方を見た。

 いや、 見てしまった・・・・・・

 私と目が合うと、 色葉先輩の睫毛まつげせられ瞳が揺れた。


ーー ああ、 コタローが言ってたのはこういう事なんだ……。

 恋をして生まれる感情は、 何もトキメキや嫉妬しっとだけではない。
 誰かと同じ人を好きになり、 自分が選ばれても選ばれなくても、 こんなにも心が痛み、 苦しくなるものなんだ。

 自分のせいで誰かが傷つくのを、 誰かが泣くということを知りながら、 それでも前に進むのは勇気がいる事だ。
 でも、 だからと言ってあきらめてしまえるくらいなら、 それは本気の恋じゃない。

 恋をするっていうのは綺麗事だけで済まないことだってある。

 誰かのにがい気持ちや流した涙を受け止めて、 それでもその先に進むという覚悟がなくちゃ、 うなずいちゃいけないんだ。

 だから私は……


「ハナ! テーピング! 」
「うん、 今すぐ行く! 」

 私は見上げてくるコタローに向かって、 力強く頷いた。

 色葉先輩の表情がグニャッとくずれたような気がしたけれど…… 私は振り返らずに、 1階へと続く階段を駆け下りていった。


------------

「病院に行く? 」

 会場のすみで、 壁際に座らせてから聞くと、 コタローは顔をしかめて忌々いまいましげに、 自分の足を見た。

「…… 冗談だろ、 ここまで来て誰が退場するかよ」

 コタローの左足は、 すでに甲の部分が紫色むらさきいろれ始めていて、 捻挫ねんざか骨折しているのは明らかな状態だった。


「そう言うと思った。 とりあえず、 決勝戦ギリギリまで冷やしておくね」

 まずは伸ばした左足の下に丸めたバスタオルを差し込み、 それから横に置いていたバニティケースを近くに引き寄せると、 コタローは、「ん?  何それ、 化粧すんの? 」と、不審ふしんそうに見てくる。


「違うよ、 これは救急箱代わり」

 私がめ具をパチッとはずしてふたを開けて見せると、 そこにはハサミやピンセット、 カットバンや包帯、 爪をコーティングする透明マニキュアなどが綺麗に並んでいる。


「お前、 これ…… 」

 私は瞬間しゅんかん冷却パックをパンッ! とこぶしで叩いて使用可能な状態にすると、 ハンカチをかぶせたコタローの左足に乗せた。


「……っ、 つめたっ!…… お前コレ、 なんなんだよ」

「何って、 アイシングに決まってるじゃん。 捻挫ねんざした時の基本でしょ」
「いや、 そうじゃなくって…… 」

「ああ、 この箱?  ホームセンターに救急箱を見に行ったんだけどさ、 普通の救急箱っていろんな薬を入れる用に出来てて、 仕切りがこまかいじゃない?  私が欲しいのは剣道でケガをした時に特化とっかしたのだから、 何か違うなぁ~って思って。 そしたら化粧品コーナーでコレを見つけて、 コレだ!って思ってさ。 ピンクでカワイイし、 いいでしょ? 」

 私がバニティケースを持ち上げて自慢じまんげに見せると、 コタローは、「ちがう…… 」と首を横に振る。

「えっ? 」

「違うよ …… どうしてお前がこんなの持って来てんだって聞いてんの」

「そりゃあ…… コタローの足を、 他の女の子にさわらせるわけには行かないでしょ。 言わせるな、 バカ! 」

「ハハッ、 そうだな…… 」

 コタローは片手で目をおおって天井をあおいだ。


「この中身とか、 他にもいろいろそろえるためにさ、 来月分のお小遣こづかいを前借りしたんだからね! おかげで漫画の新刊が買えないっつーの! 」

「ハハッ、 俺が買ってやるよ」
「マジ?! 」

「うん、 マジ。 試合が終わったらチョコレートパフェもおごってやる」
「やった! 」

「シュシュも…… また一緒に新しいのを買いに行こうな」

 コタローは体を起こし、 私のポニーテールを手でもてあそびながら言う。


「うん、 やっぱこの色で正解だったな。 チョコレート色が似合ってる」
「…… だよね~ 」

「お前が欲しいモンは何でもやるよ。 チョコだって漫画だってシュシュだって、『美味しん坊将軍』のサイン色紙だって…… 最高の彼氏だってくれてやる」

「うん…… そっか…… やったー…」
「うん、 そうだ。 喜んどけ」

 私は顔を上げることが出来なくて、 首まで真っ赤にしてうつむいたまま、 バニティケースを開け、 冷却スプレーと茶色いテープを取り出した。
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