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76、 世界一の剣士に、俺はなる!
しおりを挟むトントン……
「はい、 どうぞ」
ドアをガチャリと開けて隙間から覗き込むと、 勉強机に向かって座っていたコタローが、 椅子ごとクルリとこちらを向いた。
「おう、 来たな、 そこに座れよ」
「はい…… お邪魔します」
この部屋に来たのは随分と久し振りだけど、 前に私が来た時と殆ど変わっていない。
私が昔プレゼントした、 芝犬デザインの抱き枕がある場所が、 私の定位置。
だから私は、 当然のようにコタローが指し示したミニテーブルの前に座り、手触りの良いフニフニの抱き枕を抱えてベッドにもたれながら、 コタローの言葉を待った。
「え~っと…… それじゃ、 例の約束の確認をするぞ」
「はい」
椅子から立ち上がったコタローが私の隣によっこいしょと腰を下ろし、 ベッドにもたれ掛かると、 ベッドのスプリングがギシッと音を立てた。
「全国の中学生剣士が集まって日本一を決める剣道大会が、 8月第4週の土曜日に、 京都で行われる」
「はい」
「大会に参加出来るのは、 地区大会を勝ち抜いて来た選りすぐりの選手のみ。 俺はその試合に県代表として出場する」
「はい」
ここでコタローは、 私の方に顔を向けて、 かみ砕くように説明し始めた。
「いいか、 ハナ。 今や剣道は日本のみならず、 世界で250万超の人が習っている武道だ。日本の剣道人口は約180万人、 そのうち中学生剣士が11万人くらいだと言われている」
「はい」
「剣道は3年に一度、 世界選手権が行われていて、 去年の大会では、 団体戦、 個人戦共に、 日本が優勝している。 つまり、 世界一剣道が強いのは日本なんだ」
「はい」
約束の確認をすると言いながら、 コタローはひたすら剣道の説明を続けている。
だけど、 コタローがそれを私に話して聞かせるということは、 これからの話に必要だということなんだろう。
だから私は、 大事なことを絶対に聞き逃すまいと、必死で話に集中した。
「だからな、 俺が何を言いたいかというと…… 」
コタローが身体ごと私を向いて、おもむろに正座をした。
なので私も釣られて、 膝の上の芝犬を横にどけて正座になる。
「世界一剣道が強いのが日本で、 その日本の中学生が集まって日本一を決める大会に、 俺は出るんだ。 つまりだな…… 今度の大会で優勝出来れば、 それは世界一の中学生剣士ということになる」
「…… ああ、 本当だ! 凄い! 」
私がポンと手を打って納得すると、 コタローも目を細めて頷いた。
「だからな、 ハナ」
「うん」
コタローがモゾモゾっと動いて、 居住まいを正した。
「俺が世界一の男になったら、 俺と付き合って下さい! 」
正座のまま頭を下げ、 右手を差し出した。
ーー そんなのもう…… 決まってるじゃん!
この前の告白で、 もうとっくにお互いの気持ちなんて分かりきっている。
だけど、 改めてちゃんと伝えてくれる、 きちんとケジメをつける、 それがコタローなんだ。
『もしも負けたら? 』なんて言うのは愚問だ。
コタローは勝つために毎日早朝のトレーニングを続け、 足首を捻挫した時でさえ、 稽古に顔を出していた。
コタローの中にある理想の形を実現させるために、 ずっとずっと頑張って来た。
その集大成が今度の試合なんだ。
コタローはきっと勝つ。 勝って世界一になる。
だから私も……。
「分かりました、 よろしくお願いします。 だから…… 全国大会で優勝して、 私を彼女にしてください! 」
コタローが差し出した手をギュッと握り返して頭を下げたら、 同時にグイッと引っ張られて、 厚い胸にぽすんと身体ごと収まった。
「………… っしゃあ~っ! 世界一の剣士に、 俺はなるぜ! 絶対に優勝して、 お前を世界一の男の彼女にしてやるからなっ! 」
「…… うん」
コタローの力強い腕に抱き締められて、『コレってもう既に彼女じゃね? 』なんて憎まれ口を叩きそうになったけれど…… 今日だけはツンデレを封印して、 この甘い雰囲気にどっぷり浸ることした。
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