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51、 対価交換、終了 (1)
しおりを挟む「私…… お腹が痛い! 熱もあるっぽい! だから…… 帰る! 」
あからさまに不自然な言い訳を並べ立てて天野家を飛び出すと、 スニーカーの踵を踏みつけたまま、 家の玄関に飛び込んだ。
靴を乱暴に脱ぎ捨てて階段を駆け上がり、 自分の部屋のベッドにボスンとダイブする。
枕に顔を押し付けたら、 自然に「う~~っ」という呻き声が喉から漏れた。
ーー バレた……最悪だ!
それは、 京ちゃんにお菓子部で作った抹茶のロールケーキをお裾分けしてもらった日のことだった。
コタローが右足を捻挫した時だったから、 たぶん5月頃。
「お母さん、 京ちゃんにロールケーキを貰った。 私は禁止令があって食べれないから、 お母さん達でどうぞ」
「えっ?! 花名、 あなたまさか、 律儀にずっと言いつけを守ってたの? 」
「えええっ?! だってお母さんがダメって言ったんじゃん! 」
「そりゃあ、 あのころのあなたは家にお菓子があったら片っ端から食べてたもの。 どう考えてもそれが虫歯の原因だったでしょ、 禁止にもするわよ」
「じゃあ、 なんで…… 」
「もうあなたも自分の食欲くらいコントロール出来るでしょ。 あれ以来虫歯にもなってないし、 歯磨きをちゃんとしてくれたら制限なんて必要ないわ。 それに、 女子のお喋りにはスイーツが必須でしょ」
なんだ、 そりゃ。
だったら私とコタローがやってきたことは何だったんだ?
こんなに長い間コソコソしなくて良かったし、 対価のキスも必要なかったんじゃん。
…… だけど、 これでもう、 コタローは親に嘘をつかなくてもいいし、 私にチョコを渡さなくてもいい。
「キスする理由、 無くなっちゃったな……」
ーー えっ?!
私は何を口走ってるんだ!
私は別にキスしたいとか思ってないし、 そもそもアレはコタローが勝手に言い出したことで、 チョコのために仕方なく……。
「…… コタローに教えなきゃ」
自分の部屋に入ると、 ポケットからスマホを取り出して、じっと見つめる。
ーー早く伝えなきゃ……。
もうチョコレートを持ってこなくても大丈夫。
これからは昼休みに、 わざわざ階段の踊り場まで来る必要は無くなったよ…… と。
『うん』と頷いて、 右手の中指でコタローのアイコンをタップする。
『コタロー、 甘いもの禁止令が解除になったよ』
文字を打ち込んで読み返してから、 今打ち込んだばかりの文章を削除した。
ーー こんな大事なことを、 メールで済ませちゃいけないよね。
電話をしようとして、 また手が止まった。
ーーううん、 やっぱりコレはちゃんと本人に会って話さないと……。
スマホを机の上にコトリと置いて、 ベッドに仰向けに寝転がる。
お腹の上で両手を組んで天井を見上げながら、 本音がポロリと零れ出た。
「…… やめたくないな」
そうだよ、 私は辞めたくないんだよ。
コタローとのキスも、 待ち合わせも…… コタローとの時間、 全部。
毎日約束をしなくても、 お昼にあの階段の踊り場に行けばコタローが待っている。
一緒にお弁当を食べて、 お喋りして、 笑い合う。
チョコレートを受け取って、 キスをする。
それが当然で当たり前の日常。
あの時間を失いたくない…… と思った。
あの特殊で特別な2人だけの空間を壊したくない…… そう思ってしまった。
「まだ…… もう少しだけ、 言わなくてもいいよね」
あとちょっと、 もう少し…… 言うのをほんの少し遅らせるだけ。
大丈夫、 絶対、 そのうちにちゃんと言うから……。
そう思いながら、 自分の中で何度も言い訳を考えて、 期限を先延ばしにしてきた。
だから……
「きっと罰が当たったんだ」
自分の口から告げることなく、 こんな最悪の形でコタローに知られてしまったのは、 誰のせいでもない、 自業自得なんだ。
トントン……
「ハナ? 入ってもいいか? 」
ああ、 私はバカだ。 動揺して玄関の鍵も掛けてないなんて。
お陰で今一番顔を合わせたくない人が真っ先に来てしまった。
コタロー、 アンタもバカだよ。
アンタは良く知ってるでしょ? 私の性格を。
意地っ張りで強がりで、 だけどかなりのヘタレなんだって。
だから、 ヘタレで打たれ弱い私は、 こんな時でさえ素直に謝れなくて……。
「コタロー、 入ってこないで! 帰って! 」
ほらね、 こんな酷い言葉を投げつけてしまうんだ。
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