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40、 コタロー後悔する (1)
しおりを挟む「う~ん、 量を取るか質を取るか…… ねえコタロー、 この特売のやつと極上の松阪肉と、 どっちがいい? 」
「そんなもん両方買っとけよ。 どうせ全部ペロッと食べちゃうって」
「そんなに沢山買って誰が食べるのよ! 」
「ん…… 俺が食う。 育ち盛りだから」
「えっ! それ以上背が伸びたら、 今度キスする時に背伸びしても届かな…… 」
途中まで言って、 顔を真っ赤にして口ごもる。
ーー おいおい、 今日もカワイイなっ! コイツ!
せっかくなら最後まで言い切って欲しかったぜ。
まあ、 途中まででもしっかり俺の脳内レコーダーに録音済みだけどな。
自分で言ったセリフに照れたのか、 俺の希望通り2種類の牛肉を2パックずつカートに放り込んで、 そのままスタスタと隣の鶏肉コーナーへと移動する。
必死で肉を物色しているハナの後ろを、 ショッピングカートを押して、 黙ってついて行きながら、 俺は今日の学校での出来事を思い出していた。
ーー ああ、 失敗した。 大失敗だよなぁ……。
「はぁ…… 」
ピョンピョン揺れるポニーテールを見つめながら、 思わず深いため息が溢れる。
ーー 何が『練習を見ながら待っとく? 』だよ。 『勇姿を見てて』だよ。 そもそもあんなとこに呼んじゃいけなかったんだよな……。
そう、 ずっと慎重に、 大切に守ってきたことを、 俺は自ら破ってしまったんだ……。
ハナは一見とても自由で強気に見えるけれど、 それは俺みたいに気心が知れた人間限定だ。
案外人見知りだし小心者で、 相手の気持ちを優先して後ろに引いてしまうような所がある。
だからサジ加減を間違えると一気に俺との距離を取ろうとする恐れがあるから、 その手の危険分子はなるべく排除するよう、 幼い頃から心掛けてきた。
例えば俺に寄ってくる女子。
自分で言うのもなんだけど、 俺は昔から結構モテる方だった。
顔は好みがあるから何とも言えないけれど、 背が高かったし勉強も運動も出来たから、 そこそこ目立ったんだと思う。
それと決め手は、 俺のハナに対する献身ぶり。
アイツが机から消しゴムを落としたら、 本人より先にしゃがみ込んで素早く拾い上げ、 鉛筆の芯が折れたと言えば、 すぐさま鉛筆削りでジョリジョリ削ってやる。
教科書を忘れたと言ったら自分そっちのけでアイツに貸すし、 貸した教科書に下手くそな落書きをされても怒らない。 むしろ永久保存版だ。
そんな風にハナのために必死で頑張ってきたことが、 逆に『文武両道な上に優しくて面倒見のいい男』と認識されて、 女子の中で美化して見られるようになってしまった。
ある日、 塾の休憩時間にトイレから戻ってきたハナが言った。
「ねえコタロー、 あの子たちが、 コタローに話があるんだってさ」
ハナが指差した方を見ると、 塾で一緒に授業を受けている女子3人組が、 ドアの近くに固まってチラチラ見ている。
仕方なく廊下に出て話を聞いたら、 今度一緒にスケートに行かないかというお誘いだった。
「悪いけど、 そういうの興味ない。 あと、 こういう事にハナを使うのやめてくれる? 気分悪い」
思いっきり無愛想に答えたら、「サイテー! 」って言われたけど、 それで結構。
こっちはハナを振り向かせることだけに集中したいんだ。 邪魔すんな。
それにしても、 女子トイレでハナが頼みごとをされるのは阻止しようがないな…… 対策を考えないと……。
そう思いながら元の席に戻ると、 ハナが屈託なく、「何だったの? 」と聞いてきた。
「ああ、 さっきの問題で分からないところがあったらしい。 公式を教えたらすぐに解決したよ。 塾長の息子って大変だわ」
「そっか…… コタローは教えるのが上手だもんね」
ーー お前限定だけどな。
そうやって、 『幼馴染』の俺が男であることも、 他の女子の存在も意識させることなく、 2人でいるのが当たり前であるように、 ハナが俺の側にいることを、 息をするように自然だと思えるように……必死でそう努めてきたんだ。
だから、 道場に見学にも来させなかった。
先輩にしごかれて汗をダラダラ流してる必死な姿を見られたくないというのもあったけれど、 ああいう風にたまに見学に来るキャピキャピした女子だとか、 部活仲間の女子とのやり取りとかを見られたくなかったんだ。
案の定、 ほら、 ああやってすぐに調理室とかに逃げちゃうだろ? コイツって……。
だから今回は、 俺に魔が差したんだと思う。
だってさ、 色葉先輩にあんな事を言われたらさ……。
それは、 夏休みのことだった。
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