224 / 237
最終章 2人の未来編
30、一緒に夢を追い掛けてくれるんだな?
しおりを挟む4月に晴れて女子大生デビューを果たした私は、サークルには入らず、5月から近所のコンビニで週3日のアルバイトを始めた。
たっくんは、『コンビニのバイトって同僚か常連客と恋が芽生えるパターンじゃん!』って渋い顔をしていたけれど、今のところそういう気配は一切無い。
一度だけたっくんが偵察という名目で買い物に来てくれて、『折原さんの彼氏がモデルみたいな超絶美形!』だと同僚に拡がったせいもあるのかも知れない。
たっくんはこの春から施設の近くの美容院で見習いとして働いている。
更に9月からは働きながら美容学校の通信課程も受講していて、3年後の国家資格取得を目指して勉強中だ。
『俺、美容師になりたいんだ』
たっくんからそんなメッセージが届いたのは去年の夏頃。
受験が終わるまでは必要最低限の連絡しかしないと決めていた私も、この時はさすがに速攻でFaceTime に切り替えた。
「たっくん、美容師になるの?」
「なれたらいいな……って思っている」
聞くと実は、私と施設で再会した4月頃には薄っすらとその考えが頭にあったらしい。
「母さんのいる施設に週1で美容師さんが出張に来るって言ってただろ?俺さ、たまにそれを手伝ってるんだよ」
施設に来ているのは、丘を下った先の海沿いの道にある美容院のオーナーで、なんでも3年程前まで自分の父親が『サニープレイス横須賀』に入居していたのだと言う。
「須藤さんって言って、まだ30代半ばなんだけどさ、同居してたお父さんが、奥さんが亡くなったのをきっかけにボケちゃって大変だったんだって」
それは父親が営んでいた理容室を須藤さんが継いで美容院に改装後、しばらく経った頃だった。
痴呆症状が出始めた父親を家族でお世話していたけれど、亡くなった妻を探して昼夜問わず徘徊するため夜もゆっくり眠れず、須藤さんの奥さんが精神的に参ってしまった。
そして藁にもすがる思いで入居させたのが『サニープレイス横須賀』だったのだ。
「どうしようもなくて仕方なく施設に入れたんだけど、息子夫婦がいるのに施設だなんて……って言う親戚もいて、罪悪感を感じたり落ち込んだりしたって言ってた」
自分は手もお金も出さないくせに、遠い親戚が無責任に口だけ出してくる……ありがちな話だ。
「だけど施設に入居させていなかったらきっと家族はバラバラになっていただろうし、余裕ができたお陰で父親を憎まずに済んで、優しくなれたって。最期は肺炎になって病院で亡くなったけど、施設のスタッフには本当に感謝してる……って」
父親が入居していた頃から、美容院の定休日である月曜日に出張サービスを始めて、それを父親の死後もそのまま続けているのだと言う。
「その時に施設のスタッフも付き添うんだけど、俺も一緒に準備や片付けを手伝ったりしてたんだ。そこで作業を見てて、楽しそうだなって思って。そしたら須藤さんが、興味があるなら自分のところに見習いに来るか?……って言ってくれて」
須藤さんは認知症患者の家族の苦労を知っているだけあって、たっくんの境遇にも理解があった。
お店に顔を出すのは朝10時の開店時間ギリギリで構わないし、お昼も穂華さんの食事介助に抜けていい。無理のない時間に働きに来て、国家試験に必要な技術を身につけて行けばいい……という破格の待遇を提示してもらい、その言葉に甘えることにしたのだ。
「月曜日なんて、施設を離れずに仕事が出来るわけだろ? 本当に好条件なんだ」
「うん、いいと思う。たっくんにピッタリだよ!」
最初こそ驚いたけれど、美容師と聞いて納得している自分もいた。
たっくんは手先が器用だし、三つ編みの仕方もあっという間に覚えてしまった。穂華さんのヘアカラーだって大成功だったし、絶対に向いている。
「まあ、最低でも3年は掛かるんだけどな。それに着付けも出来るようになりたいし、ネイリストの資格も取りたい」
小3の夏祭りで私の浴衣姿を見た時には既に、自分の手で着付けをしたいと思っていたのだそうだ。
そう考えると、たっくんが美容師を志すのは必然だったんだろう。
「素敵!たっくんならすぐにカリスマ美容師だよ。私もいつかたっくんのお店をお手伝い出来るよう、大学で経営について学んでおくね」
「おっ、ソレいいな。小夏も一緒に夢を追い掛けてくれるんだな?」
そういう訳で、お互い忙しくてなかなかゆっくりは会えないけれど、たまの週末には私が横須賀に出向いてたっくんのアパートに泊まったり、たっくんの働く美容院で閉店後にたっくんに髪を切ってもらったりと、私たちなりに恋人としての時間を積み重ねていった。
それと並行するように、穂華さんの症状は徐々に酷くなっていく。
浮腫が酷くなった穂華さんは、お腹にも水が溜まって思うように動けなくなった。
……と言っても、本人はボンヤリしている事が多く、自分から動こうとはしないので、運動制限があっても無くても関係ないような状態だ。
穂華さんが大人しくなったお陰でたっくんが長時間施設から離れていられるようになったのだけれど、彼女のために高校を退学し、私からも離れて横須賀に来たのに、たった1年後にはもう誰が側にいようが気にも留めなくなってしまった事を考えると、素直に喜べない。
12月に入ると病状は更に悪化し、完全にベッドで寝たきりの状態となった。
この頃からたっくんは自分のアパートには殆ど帰らず、夜は穂華さんの部屋で寝泊りするようになった。
私も週末には働きに行くたっくんの代わりに穂華さんに付き添ったりしていたけれど、食事介助や身体の向きを変えたりするだけなのに、夕方にはグッタリ疲れてしまっている。
これをたっくんは毎日続けているんだと思うと尊敬しか無い。
寝心地の悪いソファーベッドで熟睡出来ていないだろうに、仕事と勉強、そして看病の日々を続けているんだ。
その精神力と献身ぶりは、称賛に値すると思う。
12月の中旬に入ったある日の夕方、たっくんから電話が掛かって来た。
『小夏……さっきお医者さんから母さんの余命宣告を受けたよ。もって2~3週間。たぶん年は越せないだろうって』
0
お気に入りに追加
262
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる