たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
218 / 237
最終章 2人の未来編

24、2人で駆け落ちしちゃうか?

しおりを挟む

 帰りはたっくんが『危ないから』と新幹線の駅まで一緒に来てくれた。

 夕方には発つ予定だったのをズルズルと引き延ばした私は、結局消灯時間まで施設に居続けてしまったのだ。


 荷物を取りに一旦たっくんのアパートに寄ると、そこからタクシーで大きな駅まで行き、電車で新横浜駅に向かう。

 ボックス席で肩を寄せ合って座っていると、駅を一つ通過するたびに、たっくんとの別れのカウントダウンをしているようで胸がギュッと苦しくなる。

 私たちは徐々に言葉少なになっていく。

「穂華さんの髪……大成功だったね」
「うん、やって良かった」

「喜んでたね」
「うん、喜んでたな」

 ヘアカラー 後に鏡を見たときの穂華さんの表情が忘れられない。

『まあ素敵!拓巳くん、素敵だわ!ありがとう!』

 鏡に向かって右を向き左を向き、頬を紅潮させ、パアッと華やかな笑顔を浮かべてたっくんを振り返っていた。

 今は皮膚に張りが無くなって顔も浮腫むくんでいるけれど、今日のあの笑顔は、久し振りに昔の穂華さんを思い出させるものだった。


 モンシロチョウのようにヒラヒラと軽やかで、少女のように可憐なあのひとを、私は長らく苦手に思っていた。
 だけどそんな私のことも、あの雪の日の恐ろしい出来事も、今では全て彼女の中から消え失せてしまっている。

 そう思うと、私の中の彼女へのわだかまりも雪解ゆきどけ水のように流れて消えて、彼女がただの寂しくて不器用な女性に思えてくるのだ。



「小夏、大丈夫?電車に酔った?」

 今日の出来事を振り返っているうちに、思考がトリップしていたらしい。
 私はそんなに変な表情になっていたのだろうか、たっくんが酷く心配そうな表情かおで覗き込んでいた。

「……今度私もたっくんにヘアカラー をやってもらおうかな……」

「小夏は今のままでいいよ。せっかくツヤツヤの黒髪なんだから。でも……」

「でも?」

「へアカットならやってみたいかな。そしたらもう小夏は美容院に行かなくていいだろ?他のヤツに髪を触らせなくて済む」

「ふふっ……すごい独占欲」

「うん……俺、小夏に関してはめちゃくちゃ嫉妬深いから。なあ、本当に今度、俺に髪を切らせてくんない? 頑張って覚えるから」

「いいよ、今度ね」
「うん、今度……」

 だけどその今度は、きっとしばらくは訪れなくって……。

「帰りたくないな……」
「うん、離したくないな……」

「このまま残っちゃおうかな……」
「2人で駆け落ちしちゃうか?」

 だけど私たちは、今はまだ一緒にはいられないんだ。

ーー早く大人になりたいな……。

 黒い窓に映った自分を見たら今にも泣きそうな表情かおをしていたから、慌てて深呼吸して目のふちギリギリで涙をこらえた。



 春とはいえ、午後9時過ぎの空気はまだ冬の名残りをはらんでいる。
 夜になって冷え込んできた新幹線のホームに立ちながら、蒼黒そうこくの空に瞬く星を並んで見上げる。

「この空は小夏が住む街まで続いてるんだな……離れていても俺たちは同じ月を見てるんだ……な~んて、クサ過ぎるだろ、俺」

 たっくんが首の後ろをさすりながら、「マズいな、別れの時間が近付いてきたら平常心じゃいられないわ」と照れ笑いを浮かべている。

「もっと言って」
「えっ?」

「クサいセリフ、もっと言ってよ。後で思い出したら恥ずかしくてもだえちゃうくらいのヤツ」

 たっくんは真顔になってしばらく考えてから、手にしていたボストンバッグを足元に置き、私の両腕を掴んで真っ直ぐに見つめて来た。

「……君は僕のシンデレラだ」
「ふふっ……ベタだね」

「君の瞳に乾杯」
「キャハハ!ウケる!」

「お前が作った味噌汁を毎日飲みたい」
「……練習しておく」

「……俺とお前は運命の赤い糸で結ばれている」
「…………。」

その時、駅のアナウンスが流れて21時9分発の『のぞみ』が近付いて来た。


「お前は俺の太陽だ」
「……うん」

「いつだって俺の心はお前のモノだ。どんなに遠く離れていても……気持ちは繋がってる」
「……うん」

「絶対に浮気すんなよ。司波とかに誘われても断れよ」
「たっくんこそ……可愛いボランティアの子とかが来ても浮気しちゃダメだからね」
「ゼッテーしねえよ!」

「受験勉強、頑張れよ。体調管理しっかりしろよ。風邪ひくなよ」
「うん、たっくんも身体に気をつけて」

 駅に新幹線が滑り込んで来た。
 そちらをチラリと眺めてから、たっくんは私をジッと見つめる。

「小夏……俺、決めた。高校に行くよ」
「うん……えっ?」

ーーええっ?!

 今度は私がたっくんの腕をグッと掴んで見上げた。

「えっ、たっくん、どういう事?!」

「もう乗って。……俺も決意したのはたった今だから……詳しくは後でメールする」

 後ろ髪を引かれる想いでボストンバッグを手にして新幹線に足を向けた。

「あっ、待った」
「えっ?」

 グイッと肘を掴まれて、振り向いた瞬間に柔らかい唇が押し付けられる。

「ちょ、ちょっと!」
「ハハッ、後で思い出して身悶みもだえしてろよ」

「もうっ!」
「ほら、早く乗れよ」

 デッキに片足を掛けたところで、

「小夏……大好きだ。愛してる」

 背中に甘い声色の言葉が降ってきて、もう耐えられなくなった。

「うん……たっくん……愛してる……」


 シュッと気の抜けたような音と共にドアが閉まったその瞬間、私とたっくんの遠距離恋愛が始まった。

 デッキの向こう側でたっくんが手を振っている。
 彼の顔がグニャッと歪んで泣き出したように見えたけれど、すぐに涙でにじんでしまったから、確かめることは出来なかった。

 ぼやけた視界のまま必死で手を振り返したけれど、それもあっという間に遠ざかって小さくなっていった。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...