たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
213 / 237
最終章 2人の未来編

19、キスしたくなるに決まってるだろ? (1)

しおりを挟む

「それじゃ行ってくるね。2人ともパレードを楽しんで!」
「小夏も和倉くんとごゆっくり!」

 今から夜のパレードのために場所取りをするという2人と別れて、ネズミーランドから駆け出した。



『春休みに旅行に行こうよ』そう言い出したのは千代美で、『塾があるからあまり遠くには行けないわ』と言ったのが清香。

 3人であれこれ考えて『ネズミーランドにしよう』と決まった時に、『私だけ途中から別行動にしてもいい?』と恐る恐る尋ねたら、2人同時に『和倉くんに会いに行くんだね!』とニヤニヤしながら賛成してくれた。

 千代美と清香はランドのオフィシャルホテルに2泊するけれど、私は初日の1泊だけして翌日の夜から別行動することにした。

 2番乗り場から出た急行バスが横浜に着いたのが午後8時前。そこから電車を乗り継いで目的の駅に着く頃には、午後9時を少し過ぎていた。

 駅の改札で待っていてくれたたっくんは、私を見つけるなり大股で近付いてきて、水色のボストンバッグを当然のようにヒョイと取り上げて右肩に担ぐ。

「お疲れ様……久し振りだな」
「うん、久し振り」

「行くぞ」
「うん」

 空いている左手で私の手を握りスタスタと歩き出す。

 3週間振りの再会なのに言葉少なめなのは、きっと照れているからなんだろう。私も気恥ずかしく感じているからなんとなく分かる。
 毎日のように電話やメールで会話しているくせに、直接会うと緊張してしまうのは何故なんだろう……。

 たっくんに遅れまいと小走りになっていたら、
「待ち時間が勿体ないな……やっぱタクシーにするぞ」

 そう言って、バス停に向かっていた足をタクシー乗り場に方向転換した。
 タクシーの車内ではずっと無言だったけれど、たっくんの親指が私の指輪を上から確認するように何度もなぞってきたから、全く不安は無かった。

 そこから10分ほどで住宅街に入り、2階建ての鉄骨アパートの前で車が停まる。

「ここが今俺が住んでるアパート」

 1棟4戸のアパートが向かい合って2棟建っていて、たっくんが住んでいるのは左側の棟。

 真ん中にある外階段で左右に部屋が分かれているけれど、たっくんの部屋は1階なので、階段は使わない。
 そのまま階段脇から右側のドアを開けて中に入って行く。

 玄関から続く短い廊下の突き当たりが寝室。廊下右手がLDKで、たっくんはまずLDKに案内してくれた。

「あっ、思ってたよりも広い!」

 たっくんがパチリと電気をつけた途端に私が思わず声を上げると、たっくんがニコニコしながら頷いた。

「そうだろ、俺も最初そう思った」

 築15年、家賃5.5万円のアパートは、6.7帖の洋室と11.8帖のLDKからなる1LDKで、バストイレ別でお風呂は追い炊き可、しかもエアコン付きという優良物件だった。

 住宅街にあるため徒歩80メートル圏内にバス停やスーパー、銀行やコンビニも揃っていて、穂華さんの住む『サニープレイス横須賀』にも徒歩12分程の距離だと言う。

「今は母さんのとこまで自転車で通ってるから、俺の超速運転だと5分しか掛からないんだぜ」

 そうたっくんが自慢げに語った。

 私はたっくんがずっと宿泊室で寝泊まりしていると思っていたのだけど、それは職員さんの要請で来ていた最初の頃だけだったらしい。

 横須賀で穂華さんの面倒を見ると決めてからアパート探しを始め、施設の職員さんも何人か住んでいるという今のアパートに空きを見つけるとすぐに契約をした。
 だから前回私がたっくんに会った時には、既にこのアパートに住んでいたのだ。


「伯父さんが保証人になってくれたんだ」
「そうか、伯父さんが……」

 私の中ではずっと印象が悪かった伯父さんだけど、たっくんによると少しずつ変わってきているらしい。

 たっくんがクリスマスの後に呼び出されて横須賀に行った時、伯父さん夫婦が弁護士と税理士を引き連れてたっくんのいる離れを訪れた。
今後の話し合いのためだ。

 資産家であった穂華さんの父親は、かなりの財産を家族に遺していった。
 穂華さんは失踪する時たっくんの口座に高額を振り込んで行ったけれど、それでも引き継いだ遺産のほんの一部だったようだ。

 残ったお金の大半を施設の入居資金に充て、あとは月々必要な経費をお祖母様が口座から引き落として施設に支払っていたらしい。

「施設に入る時に前払いで支払いは済ませてるんだけど、それは部屋代と食費ぐらいなもんで、紙おむつとかレクリエーションの費用とか細々したのは雑費として月々請求されるんだ。そういうのをお祖母さんが払ってくれてたんだけど、母さんの口座からは引き出さずに、自分のお金で負担してくれてたみたいで……」

 そこまで言うと、少し切なそうに顔をしかめた。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...