たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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最終章 2人の未来編

14、お前を巻き込むって決めたぞ?

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「……それで、ずっと穂華さんの側にいてあげようって決めたの?」

「いや……その時はまだ、そこまで考えちゃいなかった。小夏と離れる気は無かったし」


『最後の親孝行のつもりだったのかな……』そうたっくんは呟いた。

 冬休みが終わればこうして会うことも簡単に出来なくなる。だからせめてこっちにいる間だけは、母さんが穏やかでいられるよう手助けをしよう……。

 そう考えて、短期だけのつもりで泊まり込んだ。最初は本当にそう思っていたのだ。

 朝起きて穂華さんの部屋に行き、気乗りしない彼女を説得して洗顔と歯磨きをさせる。
 それから着替えを手伝って、食堂に連れて行く。

 あとは一緒に散歩したり施設のリクレーションに参加したりして、昼寝をしたいと言えば部屋に連れて行く。
 夕食後に寝かしつけたら宿泊室に戻ってようやく自分だけの時間だ。

 驚くことに穂華さんはたっくんに従順で、精神的にもとても落ち着いていて、拍子抜けした程だったそうだ。


「これならもう大丈夫かな……って、そう思ったら、今度は無性に小夏に会いたくなった。母さんにはまた春休みにでも会いに行くつもりで、名古屋に帰ったんだ」

 だけど現実はそんなに甘くはなかった。

「帰ってすぐに川口さんから電話が来て、『今度はいつ来れますか?』って。春休みには行けるって答えたら、『そうですよね。学校がありますもんね、仕方ないですよね』って、あからさまにガッカリされてさ」

「学校を休むようになったのは、そのせい?」

「そう。週末にもう一度会いに行ったら、施設の職員さんたちが一斉にホッとした顔をしてさ……『どうもすいません』、『ありがとうございます』ってペコペコ頭を下げられて……これはもう、通うしかないなって思った」

 そしてバイトも部活も辞めて、週末は横須賀に行くようになった。時にはそれが月曜日まで延長されることもあって、学校を休む日も増えて行った。

「旅費は伯父さんが負担してくれてたんだけど、問題はお金じゃなくて、俺が精神的にシンドくなってきて……。自分のことだけなら別にいいんだ。だけど、お祖母さんが俺の代わりに無理して母さんに会いに行ってたりとか、俺が行くたびにあからさまにホッとする職員さんとか見ちゃうとさ……息子の俺が知らんぷりは出来ないだろ?」

ーーああ、そうなんだ……。

 たっくんは優し過ぎるんだ。
 昔から自分の感情を押し殺すことに慣れ過ぎていて、『俺さえ我慢すれば』の精神が心の奥深くにしっかりと根付いてしまっている。

 だから今回も、たっくんに執着している穂華さんや、そんな穂華さんを持て余している介護職員さん、彼らの今か今かと待ち構えている空気を見て、知らぬ振りをする事が出来なかったんだろう。


『本当に馬鹿なんだから……』そう言いそうになって、喉元で言葉を引っ込めた。たっくんは馬鹿なんかじゃない。ただただひたすら他人に対して優しいだけなんだ……。


「そろそろ部屋に戻るか。新幹線の時間だってあるだろ?」

 そう言われて、渋々ながら頷いた。
 もっと話を聞きたいし、正直言えばこのままたっくんと一緒にこっちに残りたい。

 だけど現実はそんなに甘くはないから……。

「うん、そうだね」

 あとは歩きながら話をすることにした。


「ねえ、私を諦めてなかったっていうのは?」

 最後にこれだけはどうしても直接聞いておきたい。そう思って口にした途端に、たっくんがドアに掛けた手を止めて振り返る。

「……俺は、お前の未来を縛りたくないって言っただろ?」

 私が「うん」と頷くと、たっくんも優しく微笑みながら頷いて、私の左手を取って見つめた。

「お前にはまだ高校生活が残っていて……これから大学に行って、新しい出会いがあって、輝く未来が待っている。対して俺はこれから更に悪化するであろうアルツハイマーの母親を抱えていて、それがいつ終わるのかも分からないんだ。息子の俺でさえウンザリするようなこんな生活を……お前にまで背負わせるわけにはいかないだろ?だから最初は……諦めるしかないのかなって思ってた」

「最初は?」

「うん……最初は」

 たっくんはその感触を確かめるように、自分の親指を2つの指輪の上でツツッと滑らせて、愛おしげに目を細める。

「俺は母さんを放っておけない。だから小夏と離れるのは仕方がない。その間に司波しばみたく小夏に言い寄る奴が出て来るだろうし、小夏も急に消えた俺を見限って新しい彼氏を作るかも知れない」

「そんなことっ!」

 絶対にあり得ない……と言おうとしたら、たっくんにその言葉を奪われた。

「うん、小夏に限ってそんなことはあり得ないのにな。お前は俺のことが大好きだもんな」

 ニヤッとイタズラっぽく言われたけど、真実だから否定出来ない。

「だけど……あの時は本当に余裕がなくて、そういう事も真剣に考えたんだ。俺は小夏に幸せになって欲しい。だから今は……今だけは黙って離れる。だけど……いつか絶対にまた小夏を取り戻すって自分に誓った」

「取り戻すって……自信満々だね」

「だってお前は俺のモンだからな。ほら、だから婚約指輪だけじゃなくてガーネットのピンキーリングも贈ったんじゃん。『俺のだから浮気するなよ』って念を込めて」


 たっくんの言いたいことが分かってきた。
 たっくんは私の未来のために一旦は離れても、いつか絶対にまた会いに来てくれるつもりだったんだ。
 たとえその時私の隣に違う男の人がいたとしても諦めず奪い返すと心に誓って……。


「念って……分かりにくっ!そんなの言ってくれなきゃ……」

 ああ、駄目だ。たっくんの気持ちが……言葉が嬉しくて、またしても涙腺が緩んでしまう。

 唇を震わせながら必死に耐えてる私の手を取って、たっくんがガラリとドアを開け、廊下に足を踏み出す。

「あ~あ、また小夏を泣かせちゃってさ……俺って早苗さんの印象マジで最悪だな。もう土下座でも何でもして、小夏との付き合いを続けさせて下さいって頼み込むしかねぇな……」

『いいんだろ?そう言っても。もう俺、お前を巻き込むって決めたぞ?』……そう顔を覗き込まれて、何度もコクコクと頷く。

「ううっ……私も……わだじも……いっじょに……お母さんに……」

 手を引かれながらヒックとしゃくり上げて付いていくと、たっくんもキュッと唇を引き結びながらブルーの瞳を潤ませて、握る手に力を込めた。
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