たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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最終章 2人の未来編

5、俺ってMっ気があんのかな?

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 お昼が近付いて、施設を訪れる面会者が増えてきたらしい。入居者が孫と一緒に家族連れで散歩していたり、中年の男性が母親とおぼしき女性の車椅子を押している……といった姿が、裏庭のあちこちで見受けられるようになってきた。

 庭の数カ所に設置されている、私たちが座っているのと同じ鉄製の白いベンチも、既に全部埋まっている。

「立って歩こうか。いつまでもベンチを独占してるのは良くない」

 高齢者の多いこの施設で、まだ若い私たちがずっとベンチを温めているのは申し訳ない……という事なのだろう。
 私もそう思っていたところだったので、2人揃って腰を上げて、並んで歩き出した。


「手……繋ぐ?」

 軽く小首こくびを傾げながら、たっくんが遠慮がちに小さく右手を差し出してきた。
 こうしてわざわざ聞いてくるのは、後ろめたさや申し訳なさの現れなんだろう。表情が不安げだ。

 私は差し出された手とたっくんの顔の両方にチラリと目をやってから、バッとひったくるようにその手を取って、指の間に自分の指を絡めた。

鹿みたい! 悪いと思うくらいなら、最初っから彼女を置いてきぼりにしなきゃいいのに。 簡単に諦めてるんじゃないわよ、ホント馬鹿っ!」

 そのまま手を引く格好で、先に立ってグイグイ歩き出す。

「……ホント、悪かったよ。ごめん」
「謝って済むなら警察はいりません!」

 ベタな返しをしながらズンズン歩いてたら、後ろから「怒ってるところ悪いけど、そっちじゃないよ」と言われ、「へっ?」と足を止めて振り返る。

「こっち……裏の出入り口からの方が部屋に近いから」

 言うが早いが、今度は逆に手をグイッと引っ張られて、反対方向に連れて行かれた。


「たっくん……なんだか嬉しそうだね」

 スタスタと大股で歩いている横顔を見上げながら呟いたら、たっくんは「えっ、なんで?」と、歩く速度はそのままに、顔をチラッとこちらに向けた。

ーーほら、やっぱり……。

「目が笑ってる。口元がニヤけてる。叱られてるのに、全然反省してない」

「反省してるよ」
「してないじゃん!」

「ハハッ、マジまじ、本当に反省してる、悪かったって思ってるから」
「ほら、やっぱり笑ってるし!」

「ハハハッ」

 たっくんは笑いながらジーンズのポケットからカードキーを取り出して、白い鉄製のドアに差し込んだ。
 ランプが赤からグリーンになったところでドアを開け、建物の中に入り込んだ途端、すぐそこにある階段下の空間に回り込んで、私を抱き寄せた。

「ごめんって。ホント、悪かったって思ってるんだ。思ってるんだけど……小夏を目の前にしたら嬉しさの方がまさってさ、反省してるのに、嬉しくて仕方ないんだよ」

 腕にますます力を込めて締め付けられて、思わず背中が反り返りそうになる。

「そっ、それは……私だって会えて嬉しいけど……」

 久々に聞いたイケメンな台詞は威力が半端ない。
 一気にトーンダウンしてモニョモニョ言っていたら、思いっきり顔を見つめられて目が泳いでしまう。

「なっ……何……?!」

「んっ?……『警察はいりません!』キリッ!とか、コイツ小悪魔かよって思って。一時的とは言え、よくも俺はこんな可愛いのと離れていられたもんだよな」

ーーはあっ?


「ばっ……馬っ鹿じゃないの?!」
「いいな……それも。もっと言って」

「はぁ? 何言って……」
「俺ってMっ気があんのかな? 小夏にののしられると、めちゃくちゃクるんだけど」
「はぁ?」

「キスしていい? 」
「えっ?」

「するぞ」

 自分で聞いておいて、ろくに返事も待たずに唇を押し付けてきた。
 背中と後頭部を思いっきり抱き寄せられて、息継ぎをする間もないくらい、いきなり激しく唇をむさぼられる。

ーーダメ……久し振りなのに、こんなに激しくされたら……。

 腰が砕けそうになって思わずたっくんにしがみついたら、それが合図かのように、唇の隙間から舌が差し込まれ、深いキスへと移行した。

 恍惚として、されるがままになっていたその時…… 建物の奥の方でバタンとドアの音がして、廊下をこちらに向かってくる足音と話し声。

ーーあっ!

 慌ててバッと顔を離してしゃがみ込み、階段下で手を取り合って息を潜める。

 こちらに近付いて来た2つの足音は、会話を続けながらそのままトントンと階段を上って、上の階の非常扉を開けて中に入って行った。


「「 はぁ~っ…… 」」

 2人同時に息を吐いて、同時に見つめ合う。

「ふふっ……不謹慎にもほどがある」
「ハハッ、本当だな。こんなとこでサカってる場合じゃ無いのにな」
「ホントだよ、もう……」

 もう一度ププッと笑い合うと、たっくんが手を引いて、私を立ち上がらせてくれた。
 階段下で向き合うと、たっくんが片手を自分の首の後ろにやりながら、フワッと柔らかく微笑んだ。

「ここでこんな風に小夏と笑い合える日が来るなんて、思ってもみなかった」
「たっくん……」

「駄目だな……俺の決意なんて、所詮こんなもんなんだ。お前に触れた途端、あっという間にタガが外れる」

ーー決意って……。

 たっくんの決意って何だったの?
 どうしてそこまでしなくちゃいけなかったの?

 私はそれが知りたくて、たっくんに会って直接聞きたくて、ここまで追いかけて来たんだよ。


「ねえ、たっくん」
「ん?」

「私がここに来るまでのことは話したけれど、まだたっくんの話を聞けてない。 私…… たっくんに聞きたいことが沢山ある」

 たっくんは少し睫毛を伏せて、繋いだ両手に目線を向ける。
 それからまた私の目をジッと見て、一つゆっくりと瞬きをした。

「……そうだよな、知りたいよな」

 たっくんは右手をジーンズのポケットにやってスマホを取り出し、「11時34分……もうすぐ食事介助の時間だ。 とりあえず部屋に行って母さんの食事を済ませてから、ゆっくり話そう」

 そう言って、左手は繋いだまま、今度は並んで廊下を歩き出した。


「母さんの部屋は3階なんだ。こっち、エレベーターに乗るぞ」

 もう一度カードキーを取り出して、エレベーターの扉のセンサーにかざす。
 中に入ってボタンを押し、扉が閉まると、2人して点滅していく数字を見つめた。

 チラリと横目で隣を見たけれど、扉の上を見上げる端正な横顔からは、考えていることが読み取れなかった。
 
 エレベーターはあっという間に3階に到着し、廊下に出ると右に曲がって突き当たりまで進む。
 301号室のドアをノックすると、中から母の声で「はい」と返事が聞こえた。

 たっくんはスライドドアの把手とってに手を掛けたところで、何故か一旦こちらを振り返った。

「小夏、俺さ……一旦離れることを選んだけれど……小夏をあきらめてはいなかったよ」
「えっ?!」

 急に重大なことを言われて心臓がドクンと鳴った。

 その先を聞こうと慌てて口を開いたけれど、そう思った時にはもうドアがスルリと開いて、たっくんの背中が室内へと入っていった。
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