たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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最終章 2人の未来編

2、俺のために泣いてくれてんだろ?

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 海が見下ろせるベンチに並んで腰掛けて、漁港を行き交う船や、その向こうにふわふわと浮かぶ綿雲わたぐもを眺めながら、2人して黙り込んだ。

「11時ちょい過ぎか……」

 たっくんがスマホの画面を見ながら呟くのを聞いて、自分が40分近くも話し続けていたのだと気付く。

「もう部屋に戻らなきゃ駄目?」
「いや……何かあれば連絡が来るだろうし、申し訳ないけれど、もう少しだけ早苗さんに甘えさせてもらおう」


 私がここに来るまでの出来事……アパートに行ったらリュウさんが荷物を運び出していて愕然がくぜんとしたこと、たっくんに一方的に電話を切られて悲しかったこと、ショックで3日間も学校を休んだこと、卒業式の日の司波先輩の言葉と友人の協力。

 気さくだったタクシーの運転手さん、幸夫くんとの出会い、睡蓮鉢の金魚、お祖母様と同室の夫婦、そして母との会話……

 なんかを語っていた40分間、たっくんは「うんうん」とか、「マジか」なんて相槌を打ちながら、時には楽しそうに、そして時には辛そうな顔をしながら聞いていた。

 当たり前だけど、その間にたっくんが一番多く発したのが謝罪の言葉で、私が辛くなって声を詰まらせたり、皮肉を込めてチロリと睨みつけたりするたびに、「ごめん」、「悪かった」、「本当にごめんな」と何度も表情を曇らせていた。


 中でもたっくんが一番大きな反応を見せたのが、司波先輩との下り。
『好ましい』が『好きだ』の意だと知って驚いた……と笑って話したら、青い瞳をこれでもかと言うくらい見開いて、「だから俺がずっとそう言ってただろっ?!」と噛みつきそうな勢いでグイッと顔を近付けて来た。

「クソッ、やられた!」と頭を抱えて天を仰いでいたけれど、そんなの自業自得だと思う。

「たっくんに怒る資格なんて無いじゃん。私を捨てたんだから」
「すっ?……捨ててなんか無いって!」

「だって何も言わずに消えて電話番号まで変えたんだから、私が司波先輩を好きになったとしても文句言えないよね」

「えっ……お前、司波にはちゃんと断ったんだろっ?!まさかクサイ台詞を吐かれてほだされたりしてないだろうなっ?!」

 身体ごと私の方に向き直って必死になっている姿に、ちょっとイジメ過ぎたかな……と反省し、話を本筋に戻すことにした。

「先輩は、たっくんといる時の私が好きだったんだって」
「……俺といる時の?」

「うん、私はたっくんを追いかけてこそ輝くんだって言ってた。それで、『愛すること、それは行動することだ』って言葉をくれてね。その言葉に背中を押されて、私はここまで来たんだよ」

「ヴィクトル・ユーゴーか……シャクだけど、司波に感謝しなくちゃいけないな。アイツの言葉が小夏をここまで運んでくれた」

「うん、そうだよ」とたっくんの膝に手を置いて顔を覗き込む。

「どうせ私を巻き込みたくないとか考えたんだろうけど……今更そんなの無理に決まってるじゃん」

 もう私はたっくんの一部で、たっくんは私の一部で……2人の人生は重なってしまったんだ。
 たっくんが悲しければ私だって悲しいし、たっくんが苦しめば、私だって苦しい。

 たっくんを失った私は、パズルのピースを無くしたみたいに不完全で不自然で……それはもう本来の私ではないんだ。


「俺とずっと一緒にいろとか言ったくせに、全部1人で決めて、黙っていなくなって……そんなの自分勝手だよ」
「……ホントその通りだな……ごめん」

「だけど……今なら私にだって、少しはたっくんの気持ちが分かるよ」
「……ああ…」

 ここから先の話をするのは少し勇気がいった。
 母に聞いた真実……それはたっくんが一番私に隠したくて、そのために黙って姿を消したのだろうから。
 だから視線を逸らして前方に戻したら、たっくんもベンチに真っ直ぐ座り直して、2人で海と空の青い景色を眺めた。


「確かに最初は……何が起こったのか分からなくて……辛くて悲しくて、たっくんを恨んだよ」
「うん……」

「だけど今朝、ホテルでお母さんから話を聞いて……ビックリしたけど、それでようやく『そうだったんだ』って納得した」
「……うん」

「穂華さんのことがあって……ああするしか無かったんだよね」

 返事がなかったから勇気を出して隣を見たら、たっくんの瞳が揺れて、哀しみの色が浮かんでいた。
 それを見ていたら私も胸がギュッとなって、鼻の奥がツンとしてきて……だから慌ててまた前を向いて、滲んだ視界で青色を見た。


「……アルツハイマー型、若年性認知症……それが母さんの病名だ」

喉の奥から無理矢理絞り出したような、低く掠れた声。

 母から聞いた時も勿論ショックだったけれど……たっくん本人から聞かされたそれは、想像以上に私の胸に重くのしかかり、衝撃を与えた。
 覚悟をしていたつもりだったのに、動揺を抑え切れない。心臓がバクバクする。

ーー駄目だ……たっくんが泣いていないのに、私が涙を流しちゃ……

 慌てて両手で口元を押さえ、浅い呼吸を繰り返したけれど、肩が激しく震え出すのを止められなかった。

「……小夏、いいよ、我慢しなくたって。俺のために泣いてくれてんだろ?」

 グイッと肩を引き寄せられて、たっくんの胸に顔をつけた。白いVネックのカットソーに、私の涙が滲んでいく。

「小夏、いいんだ……俺は大丈夫だから……ありがとうな」

 そう何度も繰り返す優しい呟きが、まるで私にではなく自分自身に言い聞かせているようで……私は余計に切なくなって、益々彼の胸元を濡らしていった。
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