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第5章 失踪編
23、陽だまりの再会
しおりを挟むそれは今から3年ちょっと前の冬。私とたっくんが中2で、まだ再会もしていなかった頃だった。
『生命保険のことで相談があります。一度会ってお話出来ませんか?』
穂華さんから母にそんなメールが届いたのが12月の頭。
鶴ヶ丘のアパートを出てからずっと音沙汰の無かった彼女からの連絡に、母は訝しがりながらも、保険金が必要な病気か怪我をしたのかな?と思い、指定された横須賀の家……月島家の離れに向かったのだという。
出迎えてくれたのは月島のお祖母様で、彼女に案内されて居間に入ると、ソファーに座っていた穂華さんがそのまま振り返って、顔の横でヒラヒラと手を振った。
「お久しぶり」とニッコリ微笑んだその顔は、いくぶんか疲れた感じに見えたけれど、相変わらず綺麗で年齢よりも若々しく見えた……らしい。
「それで、穂華さんの用件は何だったの? やっぱり保険のこと?」
「そう。それと拓巳くんのこと」
「たっくん?!」
私が前のめりになって聞き返すと、母は私を諭すように手で制して、話を続けた。
「穂華さんが和倉さんと結婚して名古屋に住んでいた……って言うのは、あなたも知っていることだけど、私が穂華さんと会ったのは、彼女が和倉の家を出て数日後のことだったの」
確かたっくんは、11月の終わりに穂華さんが失踪して、その日にお祖母様に電話を掛けたと言っていた。
……とすると、穂華さんが実家に舞い戻ったのは、それから数日経ってからだったんだ……。
「……えっ、ちょっと待って! 穂華さんが見つかったのに、どうしてお祖母様はたっくんに電話しなかったの? お母さんだってそうだよ!私はともかく、息子であるたっくんに内緒にするなんて酷いよ!」
すると母は目を伏せて、「そうね……小夏の言う通りだわ……」と辛そうな表情になったけれど、すぐに視線を戻して一つ息を吐き、覚悟を決めたように衝撃的な告白をした。
それは私が全く予想もしていなかった事で、聞いた途端に言葉を失い、全身が震え出した。
「嘘……そんな……」
だけど瞳を潤ませ唇を固く結んだ母の表情が、決して嘘や冗談では無いことを物語っている。
沈黙が支配する部屋に、私がスンと鼻を啜る音だけが響く。サイドテーブルの上の箱からティッシュを引き出して鼻を噛んでいると、母が腕時計を見て、「そろそろ行きましょうか」と立ち上がった。
私も釣られるようにフラリと立ち上がり、洗面所で顔を洗い、涙の跡を消した。
ーーそうだったのか……。
だからたっくんは、誰にも何も言わず、あそこから去ったんだ。
私たちとの高校生活も、私と過ごす時間も諦めて……悩みも苦しみも哀しみも、全部丸ごと自分だけで抱え込んで……。
「馬鹿……たっくんの馬鹿」
洗面台の鏡には、洗ったばかりの顔をクシャクシャに歪ませて、再び涙で濡らしている私がいた。
ーー絶対に許さないんだから。
追い掛けて捕まえて、絶対に文句を言ってやる!
2回も黙って消えたことを、何度も謝らせてやるんだからね。
だからたっくん、お願いだから、待っていて……。
目的の場所は、ホテルを出てすぐのバス停からほんの10分程の距離にあった。
『陽だまりが丘』行きの路線バスを終点で降りて丘の上を見上げると、白い建物が太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
なるほど、『陽だまりが丘』とは上手く名付けたものだと感心しながら、丘の上へと続くなだらかな坂道を、母と並んでゆっくり歩いて行った。
坂を上り切ると突然景色が開けて、建物の全景が目に飛び込んできた。
入り口両側には白い横長の門柱があって、左側に『サニープレイス横須賀』と書かれた金色のプレートが嵌まっている。
その奥には緑の芝生が敷き詰められていて、その中を区切るかのように、アスファルトの小径が四方に伸びている。
そして一番幅の広い真ん中の小径の先には、5階建ての建物がドンとそびえていた。
門柱を横目で見ながら敷地に足を踏み入れると、入り口近くに植えられているソテツの木や、美しく整えられた植え込みをキョロキョロと眺めつつ、小径を進んで行く。
ーーあれっ?
そのまま建物に入るのかと思っていたら、母は途中から道を左に折れて、建物の裏側の方に回って行く。
黙って後ろをついて、道をぐるりと回りきったそこで……私は思わず足を止め、唇をわななかせる。
そして次に喉から出たのは、喜びと悲しみの入り混じった叫び声。
「たっくん!」
周囲の景色を見渡せる緑の丘の上。
陽だまりの射すその場所に、彼が……彼らがいた。
*・゜゚・*:.。..。.:*・ .。.:*・・**・・*:.。. .。.:*・゜゚・*
『失踪編』終了です。次から最終章『2人の未来編』に突入です。
穂華の秘密、そして2人が選ぶ未来をどうか最後まで見届けてあげて下さい。
5月いっぱいで完結するように計算して投稿していたはずがどんどんズレてまだ最終章まるまる残り40話近くあります。
一気に投稿していくのでウザいかも知れませんがよろしくお願いします。
『ライト文芸大賞』に投票して下さった皆様、どうもありがとうございました。
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