193 / 237
第5章 失踪編
22、母と穂華さん
しおりを挟む昨夜は夢も見ることなく熟睡した。ここ最近でこんなにぐっすり眠れたのは久し振りだ。
そのためか、今朝の寝覚めはすこぶる良く、心なしか身体も軽くなったような気がする。
昨日買っておいたコンビニのおにぎりをパクつきながら、10時のチェックアウトまでにお母さんが到着しなかったらどうしよう……なんて考えていたら、午前9時ちょっと過ぎにはもう部屋のドアがノックされたから、本当に始発で来たのだとビックリした。
「チェックアウトまでもう少し時間があるけれど……ここで話す?何処かに移動する?」
開口一番に聞かれてちょっと考えた後、私は「ここで」と答えた。移動する時間が勿体ないし、個室の方が遠慮無く話が出来ると思ったからだ。
すると母は、ベージュ色のトレンチコートを脱いでハンガーに掛け、ベッドにギシッと腰掛けた。
椅子に座っていた私は、慌てて母の方に向き直る。
「そうね……まずは、小夏が何処まで知っていて、どうしてあの病院まで辿り着いたのかを教えてくれる? それによって、何処から話すかが変わって来るから」
「何も。……ただ、たっくんの様子がおかしくなったのが叔父さんから電話があってからだったから……横須賀に行けば何かが分かるんじゃないかって思ったの」
『月島建設』に行こうとタクシーに乗ったら偶然にも運転手さんが月島家を知っていて、月島家に行ったらたっくんの従兄弟の幸夫くんに会ったこと。
幸夫くんが荷物の片付けに来ていたたっくんと離れで会ったこと。幸夫くんの御両親が穂華さんの名前を出して、『保険』の事を話していたと聞いて、お母さんも関わっているんじゃないかと思った……
と言う事を順に話していった。
「そう……あなたは運がいいのか悪いのか……」
母はフッと苦笑して脚の上で指を組むと、何かを思い出すように目線を上にして、それから真っ直ぐに私を見つめた。
「それじゃあ、保険のことから話しましょうか。それが無かったら、私もここまで関わる事は無かったと思うから……」
*
母の話は、今から10年以上も前、私とたっくんが小学校に入学した直後に遡る。
「ねえ早苗さん、生命保険って、やっぱり入っておいた方がいいものなの?」
私たちのアパートで、母親同士お茶を飲んでお喋りしていた時、クッキーを片手に穂華さんがそう切り出してきた。
「そうね、人生何が起こるか分からないから、『もしも』のために入っておくのはいいと思うわよ」
「だけど、『もしも』が無かったら損じゃない?だったら貯金の方がいいような気がするけど」
「『貯蓄型』と『掛け捨て』があるから、人生設計に合わせて好きな方を選べるわよ。……なに?穂華さん、興味があるの?」
「ほら、私ってこんなだし、いい加減じゃない?いつかポックリ逝っちゃった時に、拓巳が1人で困らないように、そういうのも考えた方がいいのかな……なんて思っちゃって」
そこで母が簡単に生命保険の種類や仕組みを説明してみせると、
「う~ん……良く分からないから、早苗さんがいいと思うので話を進めてよ」
「大事な事なんだから、慎重に考えなきゃダメよ」
「いいのよ。早苗さんはプロなんだし、信頼して任せるわ」
早苗さんはそう言って、口に入ったクッキーを紅茶で喉に流し込んだ。
「私は馬鹿だから、 すぐにしょうもない男にお金を注ぎ込んじゃうでしょ? 貯金するよりこっちの方が確実に拓巳にお金を残してあげられるわ」
そして最後にフンワリと微笑みながら、こう言ったのだという。
「私が死んでから拓巳が困らないように、 思いっきりいいのにしてちょうだい」
*
「それで私が死亡保証や三大疾患、生活習慣病の保証に手厚い保険を勧めて、彼女が加入したの。それがかれこれもう11年も前のことよ」
ここに来るまでの道中で、母なりにどう話そうか整理をして来たのだろう。
言い澱むことなくスラスラと語られた内容は、私でもすぐに理解出来た。
「それで、叔父さんから保険のことでお母さんに連絡が来て、穂華さんに何が起こったのか知ったってこと?」
「違うわ」
「えっ?」
首を横に振った母を訝しげに見ていたら、次にその口から溢れてきたのは、予想していなかった言葉だった。
「穂華さんね……和倉家を出る前に、私に会いに来たの」
「えっ?!」
穂華さんが、お母さんに会いに行っていた……?
驚いて口をポカンと開けたままの私に構わず、母は静かに話を続けた。
0
お気に入りに追加
262
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる