たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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第5章 失踪編

20、すれ違いの邂逅

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 たっくん達のお祖母様の入院先は、月島家から車で10分程の距離にある市民病院だった。

 幸夫くんに教えてもらった通りに西棟のエレベーターを3階で降りると循環器病棟があり、廊下を左に折れて2つ目の病室に『月島ほまれ』という名札が掛かっていた。

 2人部屋だと聞いているので、どこまで話が聞けるか分からないけれど……もう迷っている時間は無い。勇気を出してノックをすると、クリーム色の軽いスライドドアをスッと開いて中に足を踏み入れた。

 入ってすぐに手前側のベッドで体を起こしている中年の男性と目があってペコリとお辞儀をしたら、彼の奥様らしい付き添いの女性に、「あら、お祖母さんのお見舞い?」と話し掛けられた。

「あっ……はい」

 曖昧に答えながら、そう言えばお見舞いの品も持たずに来てしまったと反省する。

「月島のお祖母さん、今は寝てるわよ。今日はレントゲンとか採血があったから疲れちゃったみたい」

「そうなんですか……」

 何と言って話し掛けようかと悩んでいたけれど、相手が寝てしまっているのなら話し掛けようがない。
 拍子抜けしたような気分になりながら、とりあえずベッドサイドまで歩いて行って寝顔を覗き込んだ。

 呼吸状態が悪いのだろうか、月島誉さんは、酸素マスクを半開きの口に装着したまま、軽いイビキをかいてぐっすり眠っている。
 顔色が悪くて全体的に浮腫むくんでいるけれど、若い頃はきっと美人だったんだろう。鼻筋が通ったところや薄い唇の形が、どことなく穂華さんに似ているような気がした。

「あの……お祖母さんはいつ頃から寝てるんでしょうか?」

 側に置いてあった丸椅子に腰を下ろしながら先程の女性に聞いてみたら、

「ハッキリとは分からないけど、かれこれ1時間くらい前からかしらね?どのみちずっとうつらうつらしてるから、時間の概念なんてあって無いようなものだろうけど」
 と言われてしまった。

ーー困ったな……。

 ポケットからスマホを取り出して見たら、時刻は既に午後6時18分になっている。
 このまま起きるまで待っていたら、新幹線に乗れるのが何時になるか分からない。

 スマホを見つめたまま考え込んでいると、

「お祖母さんは優しいお孫さんに恵まれて幸せね。あなたは初めて見るけど、さっきの子の妹さん? お兄さん、カッコいいわね。礼儀正しいし、モテるでしょ」

「おい、この子は目が青くないから違うだろう。従兄妹いとこなんじゃないか?」
 と夫婦で勝手に会話を始めた。

ーー青い目?!

 途端に心臓がドクンと大きく脈打つ。
 ガタッと椅子から立ち上がり、男性のベッドに駆け寄った。

「あのっ!青い目って……青い目の男の子が……拓巳くんが、ここに来てたんですか?!」

 勢い込んで前のめりで聞いたらビックリされたけれど、私の必死な形相に、只事ただごとではない空気を察したのだろう。
 奥さんの方が、心配そうにこちらを見上げながら口を開いた。

「うちの人は3日前に入院したばかりだから、その前のことは知らないけれど……青い目の綺麗な男の子が、昨日も今日も夕方にちょっとだけ顔を出してったわよ。お婆ちゃんが、『私の孫なんです』って紹介してくれて……『拓巳くん』って呼んでたわ」

「たっくんが……ここに来てた……」

 私たちはニアミスしていたんだ……。
 あと数時間早く来れば、たっくんに会えてたんだ。

「あなた、大丈夫?気分が悪いのならナースコールを押してあげましょうか?」
「いっ、いえ……」

 右手で口元を押さえ身体を震わせている私を見て、奥さんが心配して声を掛けてくれたけれど……
 私は決して気分が悪いわけじゃない。
 ただ、愛する人の気配を近くに感じて喜びに震えているだけだ。

 つい数時間前まで彼がこの場所にいたという事実。確かに彼がこの横須賀にいるのだと確信出来たことが嬉しくて……武者震いしているだけなんだ。

「あ……ありがとうございます。ありがとうございますっ!」

 何度もお辞儀をしてから病室を出ると、病棟の端の階段をダダッと駆け下りて、途中の踊り場で立ち止まった。
 心臓がまだ、痛いほど激しく拍動している。
 それはここまで一気に駆けてきたからだけでは無くて……。

 もう新幹線の時間なんて気にしてる場合じゃない。お祖母様が起きるのを待って、何としてでもたっくんの居場所を聞かなくては。

ーー清美にお願いして、今日はお泊まりという事にしてもらおうか……。

 手にしたスマホをタップしてアドレス帳を開くと、『野田清香』の名前に人差し指を伸ばして、触れる直前でピタリと止めた。

「ううん、違う」

 画面を上にスライドさせて『お』の欄まで戻り、今度は『折原早苗』を迷わずタップする。

 数回の呼び出し音の後で聞き慣れた母の声が「もしもし、小夏?」と言うのを待って、私は一つ深呼吸してから、ゆっくりと声を発した。

「もしもし、お母さん? 私……横須賀にいるの」
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