たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
188 / 237
第5章 失踪編

17、思い出にしないために

しおりを挟む

 新横浜からJRと私鉄の乗り換えを経て横須賀中央駅に着いたのは、午後5時近くになった頃だった。
 既に太陽の光が低いところから射していて、遠くの空が何層もの暖かい色に染まり始めている。

ーー急がなきゃ……。

 今日は司波先輩の卒業祝いでカラオケに行っている事になっている。その後でファミレスで喋っていたと言えば多少遅くなっても大丈夫だろう。
 だけど、あまり遅い時間になると、母が迎えに来ると言い出す可能性がある。新幹線の時間も考えると、こっちにいられるのは2時間あまりしかない。

 少し焦りながら、早足で駅のコンコースを抜け、タクシー乗り場に並んだ。

 たっくんも、こうして同じように駅に降り立ったのだろうか。それとも以前と同じように夜行バスに乗って来たのか……。

ーーだけどもう、そんなのどちらでもいい。とにかく横須賀にいてくれさえすれば。

 タクシーには少し待っただけで乗ることが出来て、扉が閉まってすぐにスマホにメモした住所を見せて、年配の運転手さんに「月島建設までお願いします」と伝えた。

「ああ、はいはい、月島建設ね」
「えっ、知ってるんですか?!」

「ああ、私の家がその街にあるんでね。月島建設と言えば地元では大手でね、亡くなった親父さんの頃よりは多少勢いが無くなったものの、今も地元の公共事業は大抵あそこが手掛けてるんじゃないかな」

ーーやった!大当たり!

「それじゃ運転手さんは、月島さんの家を知ってますか?」

「ああ、月島のお屋敷ね。立派な家だから、地元のもんなら大抵知ってるよ。なに?お嬢さんは家のほうに用事があるの? 幸夫くんの彼女?いや、光夫くんの方かな?」

 小さな私が実年齢より下に見えたんだろう。確か光夫くんは2歳年下だったっけ?

「えっと……彼女では無いんですけど、幸夫くんに用事があって……」

 どう言えばいいのか分からなくて曖昧にぼかして答えたら、告白かなんかだと思われたらしい。
 運転手さんの顔がバックミラーの中でニヤついて、「はいはい、それじゃ家の方でいいのかな?頑張ってね」と応援されてしまった。

 嘘をつくようで申し訳ないけれど、運転手さんにはこのまま勘違いしてもらっておこう。
とにかく結果オーライだ。


 タクシーは海沿いの道を順調に進む。この道を小学生のたっくんも通った事があるのかな。何度もこの景色を眺めたのかな……なんて考えながら、キラキラと輝く海を眺めていた。

ーーたっくん、私、たっくんを追い掛けてここまで来たよ。


 過去に戻ってもう一度やり直したいと、あの日から何度も繰り返し思った。

 あの時こうしていればとか、 こう言っていたらとか、 何度も脳内でシミュレーションしてみた。

 だけど、 たっくんが私にくれた言葉、 私に向けてくれた笑顔、 溢した涙や痛みでさえも、 私にとっては全部が大切な思い出で、 どれ1つ失いたくなくて……。

 だから何度どこに戻っても、結局は同じ結果になってしまう。
 結局最後には、たっくんとの通話が途切れたあの瞬間に戻ってきてしまうのだ。

『待っててくれとは言えないけれど……指輪は持っていて欲しい。たまには俺のことを思い出して。 ……本当にゴメンな』

 改めて指輪をジッと見つめてから、右手でその指輪ごと左手を握りしめる。

ーーたっくん、私は毎日、あなたのことを思い出しているよ。

 そして今……たっくんの足跡を追って、とうとうこの街まで辿り着いたよ。

 たっくんが消えたあの日をやり直すことが出来ないのなら、たっくんのいない今を私が変えるよ。
 私がたっくんを見つけ出して、2人の未来を取り戻すよ。

 あなたをただの思い出にしないために……。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

神楽囃子の夜

紫音
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

処理中です...