184 / 237
第5章 失踪編
13、たまには俺のことを思い出して
しおりを挟む火曜日は熱もないのに学校を休んだ。
母は月曜日から元気も食欲も無い私を見て何かを悟ったのか、『体調が悪いようなので今日は休ませます』と学校に電話を入れ、『ちゃんと食べなさいよ』とだけ言い残して仕事に出掛けて行った。
ベッドの上で天井を見上げながら、昨日の出来事を思い返してみる。
『拓巳に……荷物を運び出したら連絡を入れることになっている』
そう言ってリュウさんからスマホを差し出された私は、それを両手で受け取ると、ジッと通話口を見つめた。
『もしもし、リュウさん?』
数回の呼び出し音の後でスピーカーから漏れてきたのは、何度も聞いたことのある大好きな声。
ーーたっくん!
ほんの3日前に聞いたばかりなのに、既に懐かしい気がする。目にじんわりと涙が滲んできた。
『……リュウさん?』
震える手でスマホを握りしめたまま顔を上げたら、リュウさんが目で「うん」と頷いた。
私も黙って頷いて、送話口を顔に近づける。
「たっくん」
その瞬間、スマホの向こう側でたっくんが息を呑む音が聞こえたような気がした。
何分もの長さにも感じる数秒の沈黙があって、もしかしたらこのまま電話を切られてしまうのでは……と思った時に、再び声が聞こえてきた。
『……小夏か』
「うん……たっくん、小夏だよ」
ーーダメだ、泣いちゃダメだ。
今泣き出したらきっと止まらなくなる。たっくんと話ができなくなる。
そう思って、大きく深呼吸して息を整えた。
『どうして……学校は?』
「気分が…悪くなって……早退し……それで……アパートで……」
言いたいこと、聞きたいことが沢山あるのに、息が詰まって上手く言葉が出てこない。
『……リュウさんに会っちゃったのか…失敗したな。 早退って……俺のせいだよな』
ーー違う!私が話したいのはそんな事じゃないの!今はどこにいるの?何してるの?
だけどそれは言葉にならなくて、全部の気持ちをひっくるめて口から出てきたのは、たった一言。
「たっくん……大好きだよ」
『……小夏っ』
たっくんが絶句して、そのまま沈黙が訪れた。
だけど通話が途切れていないのは、耳元で聞こえる不規則な息遣いで分かる。
私が必死で涙を堪えているように、たっくんもどうにか呼吸を整えようとしているんだと思った。
ーー良かった……少なくとも私のことを嫌いで離れたわけじゃないんだ……。
だけどそんな安堵も束の間、次にたっくんの口から発せられたのは、残酷な最後通牒。
『小夏……約束を守れなくて、ゴメンな。せっかく会えたのに、離れてごめん』
ーーあっ、ダメだ!
「たっくん嫌だ!切らないでっ!」
『待っててくれとは言えないけれど……指輪は持っていて欲しい。たまには俺のことを思い出して。 ……本当にゴメンな』
「たっくん、嫌だっ! たっくん!」
だけどプツリと切れた電話は2度と繋がらなくて、何度かけ直しても『プーッ、プーッ』と通話音がするのみだった。
「アイツ、着拒しやがったな」
「チャッキョ?」
「着信拒否だよ。完全に俺たちを切るつもりだな」
「そんな……」
ーーこれで完全にたっくんとの連絡手段が途絶えてしまった。
茫然自失となった私は、リュウさんに脇から支えられて、よたよたとアパートから外に出た。
「こんな状態じゃ自力で帰るのは無理だ。それにそんな事したら、それこそ俺が拓巳に殺されるよ」
電車で帰ると言い張る私を、リュウさんは自分の車で送ると言って鍵を取り出し、助手席で待っていた友達に、後部座席に移るよう指示した。
リュウさんの車に乗ったのは2回目だ。
前の時は朝美さんにカクテルをかけられて、グラスを投げつけられて滅茶苦茶だったのに、気分は最高に良くて、夜の街を車で疾走しながら3人で笑い合って……。
「映画……楽しかったのにな」
16歳の誕生日祝いで、初めてペアシートで映画を見た。
ーーあっ!
そうか……たっくんもあの時を思い出して……。
だから今年の17歳のお祝いも、最後は映画を観に行ったんだ。
こんなにも気持ちは同じだったのに……今は考えていることも距離も遠すぎて、たっくんが見えないよ……。
助手席の窓を開けたら、冬から春に移り変わる生暖かい空気が入り込んできて、頬を流れる涙を吹き飛ばして行った。
「拓巳から連絡があったら小夏ちゃんに知らせるよ。約束する」
車を降りる時にリュウさんがそう言ってくれたけれど……多分たっくんはもう連絡をしてこないだろうと思った。
そして絶望したまま、私は今、自室のベッドで途方に暮れている。
0
お気に入りに追加
262
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる