183 / 237
第5章 失踪編
12、最後のご馳走様
しおりを挟むガランとした部屋を見渡した瞬間に、心臓が凍りついた。
「えっ、なに……コレ……」
玄関に靴を脱ぎ捨てて、足をもつれさせるようにして奥へと向かう。
三段ボックスからは、2日前までは確かにあった2人の笑顔の写真も、『雪の女王』の絵本も消えている。
「嘘っ!」
今度はキッチンに向かい冷凍庫の扉を開ける。
ーー無い……。
ラップに包んで冷凍しておいたハンバーグ3個。
『残りは今度私が来た時に食べようね。たっくんが2個で、私が1個』
そう言ったら、たっくんは黙って微笑んでいた。
キッチンのゴミ箱を開けて見ると、そこには油で汚れた紙皿が捨てられている。
キッチンカウンターに敷かれたペーパータオルの上には、土曜日に洗った箸とマグカップ。
見事に私の分だけが残されていて、左半分の不自然に空いたスペースが、そこには確かに黒いマグカップと箸があったのだと教えている。
ーー 一緒に食べようって言ったのに……
「違う……」
たっくんは何も言ってない。
ただ黙って微笑んでいて……。
「えっ……ウソっ……」
キッチンの床にヘナヘナと座り込んで、両手で口を押さえた。
いつから?
金曜日にはもうこうするって決めていて……?
違う、もっと前……
その時、優しく肩に手が置かれて、バッと顔を上げた。
「たっくん?!」
そこにはリュウさんが、気まずそうな顔でしゃがみ込んでいた。
「拓巳じゃなくて、ゴメンね」
「リュウさん……たっくんが……」
そう言いながら、みるみる涙が溢れて来る。
「た……たっくん……どうして……何処……」
歯をガチガチさせて、しゃくり上げながらどうにか単語を発すると、それでもリュウさんは質問の意図を理解してくれたようで、ゆっくりと口を開いた。
「小夏ちゃん、ゴメンね。俺は拓巳が何処に行ったのかも、その理由も知らない。聞いてもいない」
「えっ……」
リュウさんの眉尻が下がり、細い目が申し訳なさそうに益々細められる。
「俺は昨日の昼に拓巳から電話をもらって、荷物の回収を頼まれただけなんだ。小夏ちゃんが来る前に済ませるように頼まれてたんだけど……ゴメン、鉢合わせしちゃったね」
「……どうしてっ!」
同情が混じったような声音で言われて、思わず叫び出していた。
「どっ……どうして止めてくれなかったんですか?! 」
腕を掴んで激しく揺らしたら、勢いでリュウさんが尻餅をついた。
私はそれにも構わず、彼が着ているGジャンの襟を掴んで絶叫する。
「ヒドいっ! たっくんはリュウさんをお兄さんみたいに慕ってたじゃないですか! あんなに仲良くしてたじゃないですか! リュウさんが止めてくれたら……たっ……たっくんだって!……ううっ……」
最後の方は嗚咽混じりで、ちゃんとした言葉にならなかった。
一方的に感情をぶつけている私に、リュウさんは怒りも手を振りほどきもせず、そのまま黙って受け止めてくれていた。
「拓巳がさ……泣いてたんだよ」
私の嗚咽がようやくおさまってきた頃、リュウさんがポツリと呟くように言った。
「……えっ?」
「電話だったから、もちろん顔は見えないんだけど……声が震えててさ」
不自然に途切れる会話の途中で繰り返される、大きな深呼吸。その後に続く、鼻をすする音。
それでも、言葉を詰まらせながら、たっくんはリュウさんにこう言ったのだという。
『何も無い部屋を見たら、小夏が余計に悲しむだろうから……アイツの来ない昼間のうちに荷物を運び出して貰えないかな……頼むよ。……リュウさん、俺……小夏の事が大事なんだ……だから……』
そこまで話したリュウさんの声も、心なしか震えていた。
「拓巳が考えなしで行動するようなヤツじゃ無いってのは、小夏ちゃんだって知ってるだろ? アイツがあんなに苦しそうな声を出しながら頼んできたんだ。それまでに相当悩んで決めたに決まってる。……俺には止められないよ」
それを聞いて、また頬が震えだす。
「リュウさん、だけど、私……」
「拓巳に……小夏ちゃんが『escape』に訪ねてきたら、あそこにあるマグカップと箸を渡してやってくれって頼まれてた。 ……それと…『ハンバーグを1人で食べちゃってごめんな』って……『美味しかった、ご馳走様』って伝えてくれって……」
分かっている。この怒りや悲しみをリュウさんにぶつけたって仕方がないんだ。
だけど、最後の言葉を聞いた途端、決壊した感情を止めることが出来なくなった。
私はリュウさんの胸に顔を埋めながら、小さな子供のように、わーっと大声を出してひたすら泣き続けた。
「小夏ちゃん……俺は拓巳が好きだけどさ、小夏ちゃんのことも気に入ってるんだよ」
「……えっ?」
なかなか泣き止まないその姿を見て、さすがに可哀想だと思ったのだろう。
リュウさんはGジャンのポケットからスマホを取り出すと、画面をタップしながらチラッと私の顔を見る。
「拓巳を裏切るつもりは無いけれど……好きな子をこんなに泣かせたままで置いて行っていいとも思わない」
「えっ?」と顔を上げた私にスマホを手渡し、「拓巳に……荷物を運び出したら連絡を入れることになっている」
そう言って頷いた。
0
お気に入りに追加
262
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる