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第5章 失踪編
1、ずっとキスしてればいいんじゃね?
しおりを挟むその年のクリスマスは、過去最高に楽しいものだった。
24日のクリスマスイブは我が家にたっくんと千代美、清香を招待して鍋パーティーをして、その夜はそのままたっくんだけお泊まりして行った。
たっくんは2階の私の部屋の隣の客間に布団を敷いて寝ていたのだけど、私が夜中にこっそり忍び込んだら、「俺、早苗さんに殺されちゃうな」と苦笑しながらも、掛け布団を持ち上げて中に迎え入れてくれた。
1階では母が寝ているから、もちろんふしだらな行為はナシだったけれど、一緒の布団で足を絡ませながらギュッと抱き締めあっているだけで、心の奥までポカポカと温かくなって、幸福感で満たされた。
翌日は母と3人で焼鮭と納豆と豆腐の味噌汁の朝食を食べて、その後で母からクリスマスプレゼントを贈られた。
母が私達に買ってきてくれたのは色違いのタッチパネル対応手袋で、たっくんがネイビーブルーで私がキャメル。
「タッチパネル対応なんて、たっくんはいいけど私は意味ないよ」
そう言ったら、たっくんとお母さんの2人で顔を見合わせてから、たっくんが「小夏、スマホを買いに行くぞ」とニカッとした。
ーーえっ?
「拓巳くんがね、『小夏のクリスマスプレゼントにスマホを買ってあげたいんだけど、いいですか?』って聞いてくるものだから……そんな高価なもの、高校生に買わせる訳にいかないじゃない?それに、そろそろ小夏にもスマホが必要かな?って思ってたから……買ってあげるわよ」
「嘘っ!ホント?!」
半信半疑でもう一度隣のたっくんを見ると、「うん」と頷いている。
「やった!」
これでやっと他の子みたいにショートメールで気軽にやり取り出来る。
もちろんたっくんとも……。
今日は元々2人でイルミネーションを観に出掛ける予定にしていたから、販売店の開店時間に合わせて家を出て、先にスマホを買って行くことにした。
「行ってきます」と玄関の戸をガラリと開けたら、
「拓巳くん!」
私たちを見送る母が、大声で呼び止めた。
何事かと振り返ったら、
「拓巳くん……あなたは今、しあわせ?」
そう真顔で聞かれ、たっくんはまず私の顔を見て目を細め、それから母に真っ直ぐ向き直ると、
「はい、早苗さん。俺はめちゃくちゃシアワセです!」
白い歯を見せながら、ハッキリと答えた。
「お母さん、私もシアワセ。ありがとう!」
たっくんと2人で見つめ合い、フフッと笑う。
「そう……。良かった……うん、良かった……」
母は目を潤ませながら頷いて、「行ってらっしゃい、気を付けて」と笑顔で見送ってくれた。
ーーうん、私たちはシアワセだ。
ショップでは案の定どれがいいか決められず……というか、機能の説明をされても難しくて頭の中で?マークが並ぶのみだし、XSとか11とか言われてもホント意味不明だ。
結局たっくんが使っているのと同じ、少し前の機種を契約して店を出た。
すぐ近くのベンチに並んで座って早速使い方のレクチャーを受ける。
「これがアドレス帳な。俺のを登録したから電話してみな」
「ここを押せばいいの?」
「そう」
『たっくん』の電話番号を恐るおそるタップすると、すぐ隣で音楽が鳴る。
「はい……拓巳です」
たっくんの生声と電話越しの声の二重奏。
すぐに切るのが勿体なくて、「たっくん、ありがとう。大好きだよ」
こちらも電話の声との二重奏で会話を続けた。
「俺も……小夏が大好きだ。お前に出会えて良かった。もう一度巡り会うことが出来て良かった。お前と結ばれて良かった……俺は世界一の幸せ者だ。小夏、ありがとう」
「私も……ありがとう」
一緒に電話を切って、見つめ合う。
「駄目だ……なんか好き好き言ってると、気持ちが溢れて止まんないな。もう観覧車に乗ろうぜ」
「えっ、夜じゃないの?」
今日の目的の1つは大観覧車に乗って夜景を見ることで、思いっきりベタなクリスマスデートをしようと決めていたのだ。
「夜もまた乗ればいいよ。とにかく今は……早く2人っきりになりたい」
私の手首を掴んでグイッと立たせると、1秒も待てないとでも言うように、スタスタと歩き出す。
さすがクリスマスは夜の観覧車目当ての人が多いのか、午前11時前の昼間の時間は並んでいる人も比較的少なく、少し待っただけで乗ることが出来た。
「やった!ハート熊のぬいぐるみ!」
隣同士に座って扉が閉められた途端に私が大喜びすると、たっくんが不思議そうな顔をする。
「えっ、知らないの?ここの観覧車は胸にハートマークがある熊のぬいぐるみが置いてあるゴンドラがあって、それに乗れたカップルはシアワセになれるんだよ」
私が向かい側に座っている大きな熊のぬいぐるみを指差しながら説明すると、たっくんが顔を綻ばせた。
「マジか?! これ以上シアワセになったらヤバいな」
「ふふっ、ヤバいね」
「それじゃ、シアワセのキスをしようぜ」
「あっ、テッペンじゃないと駄目なんだよ?!」
顔を傾けてキスの体勢になったたっくんを制すると、彼は不満げな顔をして動きを止めた。
「なんだよ、それもジンクス?」
「そう。テッペンでキスするとシアワセになれるんだって」
「またシアワセ?これ以上シアワセが重なったらヤバいんじゃないの?」
「いいじゃん、シアワセになるんだから」
「ふ~ん……」
「ん? 何?……んっ!あっ!」
急に黙って見つめて来たから何かと思ったら、不意打ちでチュッとキスされた。
「嘘っ!テッペンって言ったのに!ジンクスが無効になった!」
私がプンスカ怒っているのに、たっくんは涼しい顔でニヤニヤしている。
「たっくん、笑いごとじゃないんだよ!シアワセのジンクスが無効になっちゃったんだからね!」
「そんなの、テッペンまでずっとキスしてればいいんじゃね? それでシアワセ倍増だろ。さっきからずっとキスしたくてウズウズしてたのに、これ以上待てるかよ」
そう言ったかと思うと、肩をグイッと抱き寄せられて、唇を塞がれた。
ーーんっ!……んんっ!
何度も角度を変えながらも、たっくんは宣言通り、なかなか唇を離そうとはしない。最初は身を硬くしていた私も、次第にトロンとして身を委ねていた。
「好き……小夏、大好き……」
息継ぎの合間に愛の言葉を囁いて、すぐにまた口づける。そんな事を繰り返している間に、ゴンドラは頂上へと近付いていく。
その時、たっくんのダウンジャケットのポケットから、着信音が流れて来た。
2人してビクッとして動きが止まる。
それでも更にたっくんがキスを続けようとすると、一旦切れた電話がまた鳴り出した。
「電話だよ」
私が顔を離してたっくんのポケットに目をやると、
「分かってるよ……」
たっくんが渋々という表情で、ポケットに手を突っ込んだ。
「はい、もしもし……」
観覧車のテッペンでキスするとシアワセになれるというジンクスがあるのなら、逆に、テッペンに着く直前にそれを中断された場合は、不幸になるというジンクスもあるのだろうか。
このあと私たちに起こった出来事は、逆ジンクスの呪いだったのか……ううん、違う。きっとこれも、私たちの運命だったんだ。
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