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第4章 束の間の恋人編
19、指輪の次は鼻輪を買ってやろうか?
しおりを挟む夏の盛りの8月初旬。
家の和室でたっくんと隣り合って英語のプリントをしていると、母が麦茶の入ったグラスと薄切りのスイカを乗せたトレイを運んできて、黒い座卓の上にトンと置いた。
「勉強は進んだ?ちょっと休憩してオヤツにしない?」
「早苗さん、ありがとう。いただきます」
たっくんがニッコリ微笑むと、母は冷たいおしぼりを差し出しながら、プリントを覗き込んでくる。
「英語?難しそうなのをやってるわね。私にはサッパリだわ」
「英語は単語を覚えるのも大事だけど、会話で丸暗記しちゃう方が頭に入りやすいですよ」
たっくんは簡単そうに言うけれど、そう思っていてもなかなか暗記できないのが普通だと思う。
やっぱりたっくんは私とは、脳の造りと容量が違うんだ。
私たちは2年生の今年も特進クラスにいるけれど、たっくんは去年と同じAクラスで、私や清香たち3人はまたしてもBクラス。
陽向高校の特進クラスは、明言こそされていないものの、何げに成績順でクラス分けがされている。
Aクラスにいるたっくんは選ばれしもの……つまり成績優秀者だ。
週に3日間バイトに入っていて、おまけに私に付き合って部活にも入ったというのに、いったい彼のどこに勉強時間があるんだろう。
前にそう聞いてみたら、
『ほら、アイツによく浴室に閉じ込められてただろ?本を読む以外する事が無いからさ、ひたすら教科書を読んだり、国語辞典で言葉を調べたりしてたんだ。それで集中力が鍛えられたのかもな。それに引っ越してからも、家に帰りたくなくて図書館で時間を潰したりしてたから……』
どうって事ないよって顔で言われたけれど、たっくんの逃げ場が図書館しか無かったと言うことなんだ。
聞いていて胸がギュッとなった。
『そんな顔するなよ。お陰で俺は乱れた生活をしながらもこの高校に入れて、小夏とまた会えたんだからさ。勉強しといて本当に良かった……」
そう言って私の頭を撫でるたっくんが愛おしくて……私が幸せにしてあげたいと、心から思った。
「小夏、ほらスイカ。また種をほっぺたにつけるなよ」
「えっ?なにソレ」
「なんだよ、覚えてないの?小3の夏休みに俺がここに来た時も、同じようにこの部屋でスイカを食べたんだよ」
「それは覚えてるけど……」
「小夏のこっち側のほっぺたに白いタネがくっついててさ……可愛かった」
自分の左の頬を指差しながら、たっくんが目を細める。
「かわっ?!……もうっ!変なことばっかり覚えてる!」
「ハハッ……照れてんのか、可愛いな」
「もうっ!……もうっ!」
覚えているに決まってる。
たっくんとの思い出は、全て記憶の引き出しに大切に仕舞われているんだから。
引き出しを1段引き出すたびに、その時の景色や色や匂いと共に、交わした会話や感情が鮮やかに蘇るのだ。
「そう言えばさ、たっくんが線香花火で火傷したのもその日だったよね。あの時はビックリしたよ」
いきなり花火の火玉を手の平で受け止めて、『終わらせたくなくて』そう言って長い睫毛を伏せたたっくん。
手の平に薄っすらと残った茶色い痕を、『いいんだよ、 火傷の痕を見るたびに、 小夏とやった花火のことを思い出せるだろ? 』そう言って微笑んでいた。
「俺って凄いと思わね? 再会した時に、この火傷のおかげで小夏に気付いてもらえたんだ。ほら、やっぱり火傷しといて良かったろ?」
手の平を私に向けながら自慢げに口角を上げる。
廊下にチラッと目をやって、母がキッチンにいるのを確認してから、「頑張った俺にご褒美のキスしてよ」耳元でコソッと呟いて来る。
「ええっ?!ご褒美って……火傷の?」
「シッ!早く……」
「もうっ!……もう……」
廊下の方を気にしながら頬にチュッと急いで唇を当てたら、
「違うだろ」
グイッと肩を抱き寄せて、思いっきりブチュッと口にキスされた。
「ああっ!もうっ!……もうっ!」
「モーモー言ってると牛になるぞ。指輪の次は鼻輪を買ってやろうか? 似合いそうだな」
心底嬉しそうにハハハッと笑われた。
もうっ!……もう、たっくんの馬鹿っ!大好きだ!
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