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第4章 束の間の恋人編
18、俺のモンだって証、大事にしろよ?
しおりを挟む「好きな文芸作品は?」
「えっ、文芸……ですか?」
「失格!はい、次の人!」
「私が好きな作家は……」
「ああ、それは別にいい。芥川龍之介の『藪の中』ってさ、真相はどうだと思う?」
「『藪の中』?」
「はい失格!」
「ちょっと、たっくん!そんなに厳しくしたら部員が集まらない!」
「文芸に興味もない生徒を入れたって、幽霊部員になるだけだ。そんなのいらないよ」
私の抗議もどこ吹く風で、たっくんはバッサバッサと入部希望者を切り捨てていく。
4月になり、3年生に進級した司波先輩が文芸部副部長に選んだのは、驚くことにたっくんだった。
『彼は文芸小説に造詣が深いし、僕と好みも似通ってるからね』
そう言われても最初は乗り気じゃなかったくせに、新入部員の選別を任せてもらうと言う条件を呑ませた途端、部長と笑顔で握手をしていた。
『小夏に手を出しそうな奴は全員排除だ』なんて冗談で言っていたけれど、実際はそれどころじゃなく、たっくんの質問にすぐに答えられないと即退場なので、大量に押し寄せていた入部希望者がどんどん消えて行った。
「この調子じゃ、司波先輩の卒業後は部員4名で廃部ギリギリだよ」
愚痴る私に反して、意外にも他の3名はたっくんの面接に好意的だ。
『厳しいくらいでいいんだよ。漫画部の悪夢再びは御免だからね』
『和倉くんが副部長になったら部室がハーレムになっちゃうかもってビビってたから良かった~!』
『和倉くん目当てのミーハーが淘汰されていいんじゃないかしら?』
確かに、たっくんが文芸部の副部長に就任した途端、入部希望者が殺到して収拾がつかなくなっていたのは認める。
去年まではこういう事態になるのを恐れて、たっくんが入部したことは極秘扱いにしていたのに、副部長ともなるとそういう訳にはいかないのだ。
それはそうなんだけど、入部出来たのが結局大人しめの女子3名だけで男子が1人もいないという所に、なんだかたっくんの作為を感じるのは私だけだろうか。
*
「小夏、ちゃんとネックレスしてる?リングは落としてない?」
たっくんに話し掛けられて、ハッと我にかえる。
そうだ、部室で今年の活動計画についてみんなで話し合ってたんだった。
「俺のモンだって証、大事にしろよ?」
「しっ……してるよ!」
「ふ~ん……だったらいいけど」
ネックレスの先にぶら下がっているリングにチュッと口づけて、上目遣いでフッと微笑む。
「ふふっ……俺の」
新入部員もいる前で、わざわざこんな事をして来るのは、たっくんなりの予防線。
何も知らない1年生に、『俺には彼女がいるんで無駄ですよ』と暗に知らせているのだ。
分かってはいるけれど……こんな所でそんな甘々の笑顔は見せないで欲しい。
ほら、新入部員の女子の目がハート型になった。
まあ、たっくんが選んだ新入部員はどう見ても肉食系では無いので、ぐいぐい迫って来るとは思えないけれど……。
あの日……1月の私の誕生日を2人で祝った直後の月曜日も、たっくんは今と同じセリフを吐いていた。
『小夏、ちゃんとネックレスしてる?リングは落としてない?』
いつものメンバーで放課後の部室に集まって宿題をしていたら、隣からたっくんが私の首からネックレスを引っ張り出して、その先にぶら下がっているリングを手に取った。
ーーえっ、ここで聞く?!
ネックレスをしてるのなんて、駅で朝会った時に確認済みなのに。
たっくんは細いシルバーのチェーンに通された指輪を指先でつまみ、これ見よがしに大声を出す。
「7号って……細っそ!」
ーーそれも指輪を買った時に確認済みなんですけど……。
「えっ、小夏、指輪を買ってもらったの?見せて!」
千代美が興味津々で顔を近づけてくると、たっくんが「ふふん」と自慢げにネックレスの留め具を外し、指輪を手に持った。
「小夏、左手」
「えっ?」
たっくんは私の左手を取り、薬指にリングを嵌める。そして自分の首のネックレスを持ち上げ、
「ふふん、お揃い」
リングをみんなに見せびらかしている。
「え~っ、素敵!ダイヤが入ってるのね」
「いいだろ?シルバー。真ん中でツイストしてるデザインがエターナルって感じでいいよね……って小夏が」
清香に褒められて御満悦だ。
土曜日はあれからお店で散々悩んだ挙げ句、なかなか決められない私のために、たっくんが最終候補の2つまで絞ってくれた。
そこから選んだのがこのリングだ。
アクセサリーは校則で禁止されているので、その場でネックレスも一緒に買って、学校では今日みたいに首からぶら下げることにした。
「シバ、小夏は俺のだから」
またしても司波先輩に突っ掛かっている。大人気ない。
「分かってるよ。 折原さん、その指輪はとても似合っていると思う。折原さんの指は細いから、太過ぎないデザインを選んだのは正解だね。真ん中でツイストしてるのも、いいアクセントになっている」
司波先輩がたっくんの挑発をサラリと受け流して私の指輪を褒めると、たっくんが「見んなよな!」と慌てて私の指からリングを抜き取ってチェーンに通し、また私の首につけた。
全くもって大人気ない。
しばらく前までは、私とたっくんにこんな穏やかな日々が訪れるとは思っていなかった。
いや、高校に入学するまでは、まさかまたたっくんに再会出来るとも、こうして恋人同士になれるとも予想だにしていなかった。
数々の不思議な巡り合わせで、今こうして私たちは一緒にいる。運命が私たちを引き寄せてくれたんだ。
これからは普通の高校生として、はしゃいだり騒いだりしながら、学生生活を送って行くんだ……そんなことを思いながら、司波先輩とたっくんの漫才みたいな掛け合いを、頬を緩めて見つめていた。
幸せすぎて、私は忘れていたんだと思う。
冬はまた来るのだということを。
季節は巡り巡って、また来年も再来年も、毎年冬は訪れるんだって言うことを。
そう、この私たちが大嫌いなあの寒い季節が、再び私たちを引き離しにやって来るなんて、その時の私は思いもしなかったんだ……。
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